》かもしれんが……。ちょいと君、これで見てごらん」
 そこで案内人は、双眼鏡を貸してもらって目にあてた。ようやく視野《しや》に、その疑問の人物がはいって来た。
「やあ、あれは谷博士さまだ。博士さまは、ご無事だったのけえ」
「幽霊《ゆうれい》かもしれんよ」
「待った、だんな。このお山の中で幽霊なんていっちゃならねえ。お山が、けがれますからね」
「でも、君が塔の中の人を見て、あまりふしぎがっているからさ」
「いや、博士さまにまちがいはねえ。これは土産ばなしができたわ」
 たしかにその人物は、ほんとに生きている人間であって、幽霊ではなかった。
 谷博士さまが研究所の中を歩いていなさった――というニュースは、たちまちそのあたりの村々へ伝わった。
「博士さまは、これからどうするつもりかの」
「金になるものは売って金にかえ、三角岳から引きあげるのじゃなかろうか。あんなにこわれては、直しようもないからねえ」
「もう、それに、こんどというこんどは、雷さまの天罰《てんばつ》にこりなさったろう」
 村人たちがそんなうわさをしているとき、谷博士が村へひょっくり姿をあらわしたので、みんなびっくり仰天《ぎょうてん》。
「みなさん、しばらくごぶさたをしました。あのときはたいへん心配をかけて、すまんことじゃった。こんどは一つみなさんにお礼をしたいと思って、研究所へ帰って来ましたから、どうぞよろしく」
 博士は繃帯を巻いている頭をさげた。
「まあまあ、博士さま、なにをおっしゃいます。そんなごていねいな挨拶《あいさつ》じゃ、みんなおそれいります。あのときは大してお役にもたてず、すみませんでした」
「いや、それどころじゃない。えらいことみなさんにごめいわくをかけました。ところでこんどわしは雷《らい》を使う研究はぷっつりやめて、あの研究所からべんりな機械を製造しますわい。そこで職工《しょっこう》さんを二十名と雑役《ざつえき》さんを十名|雇《やと》いたいのじゃ。給料は思いきって出しますから、希望の人は、どんどんわしのところへ申しでてくだされ。その製造事業がさかんになると、しぜんこのへんの村々へも大きな金が流れこむことになりますわい。ぜひとも力を貸してくだされや」
 博士は、そういって、みんなに協力を頼んだ。


   機械人間《ロボット》の生産


 博士が、こんど製造工場を起こすについて人を雇うからどうぞ来てくださいと頼んだのは、一カ村ではなく、そのあたり四里四方の全部の村々であった。
 昔の博士を知っている者の中には、めんくらった者がすくなくない。というのは、博士はその昔、研究所長として、はなはだ横柄《おうへい》であった。たまに博士と行きあって、こっちからあいさつの声をかけても、博士はじろりと、けわしい目を一度だけ相手に向けるだけで、礼をかえしもしなかった。
 じろりと見られるのは、まだいい方で時には博士はまったく知らぬ顔で行きすぎることさえあった。だから村人は、博士のえらいことを尊敬していても、博士をしたう心を持つ者はいなかった。
 学者という者は、こんなにごうまんなものであって、農夫《のうふ》や炭焼《すみや》きなどを相手にしないものだと、昔からのいいつたえで、そう思っていたのだ。
 ところが、こんど博士は、いやに腰がひくくなった。だから、昔を知っている者たちはおどろいたのである。おどろいて、顔を見あわせた。ものはいわなかったけれど、目つきでもって、村人はおたがいにいいたいことを察《さっ》した。
(博士さまは、えらくかわったでねえか。えらく腰がひくくなっただ)
(ほんに、そのことだ。どうしたわけだんべ)
(ああ、分かった。このまえ、ほら、あの研究所の塔《とう》さ、雷《かみなり》さまのためにぶっこわされてから、心がけがすっかりかわって、やさしくなったんだろう)
 村人は、そのくらいのことを考え、その先を考えなかった。なぜ博士が急にこう物腰《ものごし》がひくくなったかについて、もっと深く考えることをしなかったのだ。素朴《そぼく》な村人たちは、博士が自分たちを友だちのように、したしげに話しかけてくれることにたいへん満足をおぼえた。そのうえに、こんど博士が、大きな金もうけをさせてくれるといったのにたいし、好感《こうかん》をよせたのだ。村人は、博士をとりまいて、遠慮《えんりょ》のない話をとりかわした。
「博士さまは、この夏の爆発のとき、目が見えなくなったちゅうこんだが、今はどうでがす。よく見えなさるかの」
 博士は、ぎくりとして、両手で自分の両眼をおさえた。
「おお、そのことだ。……いや、心配をかけたが、わしの目も今はすっかり直《なお》って、よく見えるようになった。安心してください」
「それはけっこうなこと。目が不自由だと、一番つらいからの」
「そうじゃ、そうじゃ」
 博士はうなずいた。
「博士さまの、その頭の鉢巻《はちま》きは、どうしたのけえ」
「作十《さくじゅう》よ。おまえ、ものを知らねえな。博士さまが頭に巻いているのは鉢巻きではない。あれは繃帯《ほうたい》ちゅうものだ」
「繃帯ぐらい、わしは知っているよ。繃帯のことを略《りゃく》して鉢巻きというんじゃ」
「強情《ごうじょう》だの、おまえは」
「博士さま、その頭の繃帯は、どうしなすったのじゃ」
 それにたいして、博士は次のように答えた。
「この繃帯は、じつは悪性の腫物《はれもの》ができたので、そこへ膏薬《こうやく》をつけて、この繃帯で巻いているのです。悪いおできのことだから、いつまでも直らなくて、わしも困っていますわい」
「そんなところへできるできものは、ほんとにたちがよくないから、くれぐれも気をつけなされや。そうだ。ふもと村の慈行院《じぎょういん》へいって、お灸《きゅう》をすえてもらうと、きっと直る」
「うんにゃ、それよりも鎮守《ちんじゅ》さまのうしろに住んでいる巫女《みこ》の大多羅尊《だいだらそん》さまに頼んで、博士さまについている神様をよびだして、その神様に“早う、おできを直すよう、とりはからえ”と頼んでもらう方が、仕事が早いよ」
「いや、みなさんのご親切はうれしいが、わしは十分の手あてをしているから、ご心配はいらん。それでは、雇人《やといにん》のことを頼みまするぞ」
 そういって博士は、帰っていった。
 博士の希望したとおりの雇人の人数は、まもなくそろった。
「わしは職工《しょっこう》の仕事なんか、生まれてはじめてじゃが、それでも雇ってくれるかな」
「わしも職工というがらではないが、ええのかね」
「いや、けっこう。みなさん、けっこう。みんな雇います」
 博士は、まず塔の壁を修理し、雨のはいらないようにした。それから地下室から、いろいろな工作機械るいを上へはこばせて、仕事のしよいように並べた。
 それから素人職工《しろうとしょっこう》たちにたいし、博士は工作機械の使いかたをおしえた。
 山の中の、まったく素人の農夫や炭焼きだった人たちが、博士の指導によって短い期間のうちにびっくりするほどりっぱな職工になった。
「うれしいなあ。わしは、こんなりっぱな機械を使いこなせるようになった」
「わしもうれしいよ。とにかくふしぎな気がする。わしは生まれつき不器用《ぶきよう》で、死んだ父親からさんざんと叱《しか》られたもんじゃったがのう」
「なんだかしらんが、なにかがわしにのりうつって、うまく作業をこなしていってくれるような気がしてならん。わしの力だけとは、どうしても思われんな」
「おれも、そういう気がする」
「ばかをいえ。そんなことがあってたまるか。やっぱりおれたちの技術者としての腕があったんだ」
 この会話の中には、なぞのことばが、ところどころ頭を出していた。そのなぞが持つ秘密が、やがてとける日が来たとき、この素人職工たちはびっくり仰天《ぎょうてん》しなくてはならなかった。
 それはとにかく、谷博士が新しくつくったこの山の中の製造工場からは、まもなくりっぱな製品がどんどん出るようになった。その製品は、なんであっただろうか。
 それは機械人間《ロボット》であった。
「仕事をやらせるにべんりな機械人間をお買いなさい。畑の仕事でも、遠いところからの水くみでも、なんでもやります。しかも、人間の十人分は働きます。一台わずか五千円。二百円ずつの月賦販売《げっぷはんばい》も取りあつかいます。一週間のためし使用は無料です。三角じるしの機械人間工場」
 こんな文句からはじまって、美しい絵ときをしてあるポスターが、ほうぼうの町や村にくばられた。
 一週間ただで、ためしに使用してもよろしいと書いてあるので、それを申しこむ者がどの村でも一人や二人はあった。
 申しこむと、機械人間工場《ロボットこうじょう》から、すぐさま機械人間がとどけられてきた。工場からは販売員がついて来て、使いかたをおしえる。そこで使ってみると、なかなかべんりでもあり、また人間の十倍も仕事をする。これはいいということになって、一度ためした人は、みんな機械人間を買う。
 買えば、近所の人がめずらしがって、それを見物に集まってくる。なるほど、これは重宝《ちょうほう》だというので、こんどは何人もたくさん名まえをつらねて「買います」と申しこむ。
 そんなわけで、谷博士の製造工場の経営は大あたりであった。
 そのために、あたりの村や町の人は、博士さまをたいへんありがたく思い、もう昔のような悪口をいう者なんかいなかった。


   怪《あや》しい谷博士


 さて、ある日のこと。
 ある日といっても、それは、日曜日の次の月曜日が祭日《さいじつ》で、土曜日の午後から数えると、二日半の休みがとれる日の、その日曜日のことだった。
 秋の山をぜひ登ろうというので、例の戸山君、羽黒君、井上君ほか二名の、仲よし五人少年が三角岳《さんかくだけ》の方へのぼって来たのであった。
 のぼる道々で、少年たちは、谷博士の経営している三角じるし機械人間工場のポスターを見た。博士の名まえは、はいっていなかったけれど、製品は機械人間だというし、それにその工場のあるところが、三角岳だということなので、少年たちは深い興味をわかした。
「すると、谷博士の研究所あとで、だれかあんな工場をはじめたと見えるね」
「博士は知っていられるのだろうか」
「さあ、知らないだろうね。もっとも、知らせるといっても、博士はあれ以来、ずっと面会謝絶《めんかいしゃぜつ》で、意識がはっきりしないということだから、知らせようがないわけだね」
「だれが経営しているんだろうか。まさか、例の機械人間の形をした怪物がやっているのではなかろうか」
「そんなことはないだろう。だって、もしそんなことがあったら、大評判になるから、東京へもすぐ知れるよ」
「とにかく、あの研究所を利用することを考えたところは、なかなか頭がいいや」
 少年たちは、こんなことを話しながら、山を登っていった。
 やがて少年たちの目にうつったのは、例の修理された塔であった。すっかりきれいになっている。そして大ぜいの人が出はいりし、トラックもひんぱんに、りっぱになった道路を走って、工場の製品をはこんでいる。
 少年たちは、門の前まで来ると、真空管《しんくうかん》の中へ吸いこまれるように、塔の中へつかつかとはいっていった。
「あ、あそこに谷博士がいるよ」
「どこに。ああ、あれか。なるほど、谷博士さんそっくりだ。しかしおかしいぞ。博士は重病《じゅうびょう》なんだから、こんなところにいるわけはない。だれかにたずねてみよう」
 戸山少年がそばを通りかかった職工《しょっこう》のひとりをよびとめて、たずねてみると、
「あれがこの工場主の谷博士ですよ」
 と答えたから、少年たちは、あッとおどろいた。
 そのおどろきの声が、博士に聞こえたらしく、博士はきつい顔になって、ずかずかと少年たちの方へやって来た。
「君たちは、こんなところでなにをさわいでいます」
 そこで戸山が出て、
「谷博士に目にかかりたいと思って来たのですが、博士はどこにいらっしゃいますか」
 というと、
「谷博士は、わしです」

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