は、ものめずらしさに機械人間の運動にすいつけられていた。
(すごいなあ!)
(よく動くねえ。人間がからだを動かすのと同じことだ。どんなしかけになっているのかしらん)
(こういう機械人間を一台買って持っていると、いろいろおもしろいことをやれるんだがなあ)
 少年たちの頭の中には、思い思いの感想がわきあがっていた。
 ところが谷博士の方は、少年たちのように明かるく機械人間《ロボット》をながめてはいなかった。もっとも博士は視力《しりょく》をうしなっているので、見えるはずはなかったが、しかし博士は、見えない目を見はり、両方の耳たぶに手をあてがって、機械人間の発する足音や、動きまわる気配《けはい》に、全身の注意力をあつめて、何事かを知ろうとあせっている様子だった。
 博士の顔は蒼白《そうはく》。ひたいには脂汗《あぶらあせ》がねっとり浮かんでいる。耳たぶのうしろにかざした博士の手が、ぶるぶるとふるえている。いや、耳たぶもふるえている。博士のからだ全体がふるえている。博士の息は、だんだんにあらくなっていく。唇がわなわなふるえる。
「……たしかに、わしの作った機械人間にちがいない。だが、ふしぎだ。何者がその機械人間を動かしているのか。制御台《せいぎょだい》のところへ行ってみれば、分かるんだが、ああ、わしは目が見えない」
 谷博士は、前に立っている機械人間を、自分の作製したものであると認めたのであった。が、それにつづいて起こった疑問は、目の見えない博士をどんなにいらだたせたかしれない。
 博士が、ものをいったので、戸山少年はわれにかえって、博士のそばに寄りそった。
「この機械人間はおじさんがこしらえたのですか。おじさんはえらい技術者なんですね」
「おお、君。わしのため力を貸してくれんか」
 博士は、戸山のほめことばに答えず、急に気がついたように少年にそういって、手さぐりで少年の肩をつかんだ。
「ああ、いいです。ぼくたち、よろこんでおじさんのために働いていいですよ。そのかわり、あとで、もっとくわしく機械人間《ロボット》の話をしてください。そしてぼくたちにも、機械人間を貸してください」
「それは、わけないことじゃが――ああ、今はそれどころではない。ただ今、わしの目の前においてふしぎなことが起こっている。そのふしぎの正体を急いでつきとめなくてはならない。君――なんという名まえかね、少年君」
「ぼくは、戸山です」
「おお、戸山君か。戸山君、わしを機械人間の制御台のところへ早くつれていってくれ。おねがいする」
「いいですとも。その制御台というものは、どこにあるのですか」
「この部屋の……この部屋の階段の右手に、奥にひっこんだ戸棚《とだな》がある。そのまん中あたりに立っている横幅《よこはば》二メートル、高さも二メートルの機械で、正面のパネルは藍色《あいいろ》に塗ってある。それが制御台だ」
「ああ、それは、めちゃめちゃにこわれています。まん中と、そのすこし上とに、砲弾《ほうだん》がぶつかったほどの大穴があいて、内部の部品や配線がめちゃくちゃになっているのが見えます。あんなにこわれていてはとても働きませんね」
「うーん、それはたいへんだ。だれがこわしたのかしら。するといよいよおかしいぞ。機械人間《ロボット》は、ひとりで上に動きだすはずはないのだ。いや、待てよ。地階《ちかい》の倉庫《そうこ》に、古い型の制御台が一つしまってあった。あれをだれかが使って、機械人間をあやつっているのかな」
「それなら地階へいってみましょうか」
「おお。すぐつれていってくれたまえ。ここから見えるはずの階段のわきから、地階へおりる階段があるから、それをおりるんだ」
「はい。分かりました。おい羽黒君、井上君。手を貸してくれ。おじさんを両方から支《ささ》えてあげるのだ。……おお、よし。おじさん、さあ歩いてください」
「ありがとう」
 一同は歩きだした。
 がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。
「あ、あの音は……」
 博士は、さっと顔色をかえて立ちどまる。
「おじさん。あの機械人間が、ぼくたちのうしろからついて来ますよ」
「うーむ、ふしぎだ。今まで、あれ[#「あれ」に傍点]はどこにどうしていたのかしらん」
「ぼくらの前に立って、おじさんの話をじっと聞いていたようですよ」
「なに、わたしたちの話を聞いていたというのか、あの機械人間が……」
 博士は途中でことばをのんで、少年たちに腕をとられたまま、へたへたと尻餅《しりもち》をついた。


   旧式《きゅうしき》の制御台《せいぎょだい》


 少年たちは、この谷博士が非常に神経過敏症《しんけいかびんしょう》におちいっているのだと思った。
 だから少年たちは、博士を左右から抱《だ》きあげ、いろいろとはげましてようやく博士を立ちあがらせた。
 それから一同は、また歩きだして、地階へのおり口の方へ向かった。
 機械人間は、あいかわらず、やかましい音をたてて一同のうしろからくっついて来る。
 はじめは、おもしろがっていた少年たちも、なんだか気味がわるくなってきた。
 博士は、歯をくいしばって、地階へ早くおりたいものと、足を床《ゆか》にひきずりながら進んでいく。見るもいたましい姿だった。
 階段をおりていった。
 幅のひろい階段は螺旋型《らせんけい》にぐるぐるまわっている。
 地階へおりることができた。天井の高い広間がつづいていて、各室は明るく照明されていた。しかし、さっきの爆発は、この地階にもある程度の損害をあたえていた。それは、見とおしのできる通路のところへ、部品や鉄枠《てつわく》などが、乱雑《らんざつ》に散らばっているのでそれと分かる。
 博士が心配すると思って、少年たちは、壁にぼっかりあいた穴や、こわれた戸棚《とだな》を見ても、あまり大きなおどろきの声を出さないことにした。
 目の見えない博士のいうとおりに、地階の中をあっちに歩き、こっちに歩きして、ついに探しているものの前に出ることができた。
「ああ、この機械にちがいないです。『遠距離《えんきょり》制御台RC一号』というネーム・プレートがうちつけてありますよ」
 戸山が、博士にいった。
「おお、それじゃ、で、どうじゃな、機械はこわれているかね」
「べつにこわれているようにも見えません」
「機械は動いているのかね」
「さあ、どうでしょう。機械が動いているかどうか、どこで見わけるのですか」
「パネルに赤い監視灯《かんしとう》がついていれば、機械に電気がはいっているのだ。それから計器の針を見て――」
「ちょっと待ってください。監視灯は消えています」
「消えているか。機械の中に、どこかに電灯がついていないかね」
「なんにもついていません。この機械に電気は来てないようですよ。あ! そのはずです。電源《でんけん》の線がはずされています」
「ふーん。それではこの旧式の制御台も動いていないのだ。待てよ、わしが来る前に、スイッチを切ったのかもしれん。君、戸山君。パネルに手をあててごらん。あたたかいかね、つめたいかね」
「つめたいですよ。氷のように冷《ひ》えています」
「え、つめたいか。するとこのところ、この制御台を使わなかったのだ。はてな。するといよいよわけが分からなくなったぞ。これはひょっとしたら……」
 博士は戸山の手をぐっと力を入れて握り、
「君たちは、気をつけなくてはならない。もしも何か怪《あや》しいことを見たら、すぐわしに知らせるのだよ。だが……だが、まさか、まさか……」
「なにをいっているのか、さっぱり分からない。おもしろくない。ほかの場所へいってみよう」
 気味のわるい声がひびいた。
「え、なんといった。今、ものをいったのはだれだ」
「私だ。なにか用かね」
「君はだれだ」
「私かい。私は私だが、私はいったい何者だろうかね。とにかくあっちへ行こう」
 がっちゃん、がっちゃんと、機械人間は、妙なことばを残して、奥の方へ歩みさった。
「だれだい、君は。ちょっと待ちたまえ」
「おじさん。今おじさんと話をしていたのは機械人間ですよ。奥の方へ行ってしまいました」
 戸山は、そういって、博士に教えた。
「やっぱり、そうだったか。ふーん、あんな口をきくなんて、とんでもない話だ。奥へ行ったか。それはいかん。奥には大切なものや危険なものがあるんだ。とりわけダイナマイトの箱が積んである。あれをあいつに一撃されようものなら、この研究所の塔《とう》は爆風《ばくふう》のためにすっ飛んでしまうだろう。君たち、早くわしをあいつの行った方へつれていってくれ」


   ダイナマイトの箱


 ダイナマイトの箱が積んであるという。
 それはたいへんだ。鉄の拳《こぶし》を持っている強力《ごうりき》の機械人間が、もしあやまって、そのダイナマイトの箱をぽかんと一撃したら、たちまち大爆発が起こって、建物も人間も岩盤《がんばん》さえ吹きとんでしまうであろう。
(なんだってこのおじさんは、ダイナマイトの箱なんか、たくわえているのだろう)
 と、少年たちは、へんに思いながらも、博士をたすけて、地階の奥へ連れていった。
「ああ、そこに機械人間がいます」
 井上少年が叫んだ。
「え、機械人間がいたか。なにをしている」
 博士が、見えない目を大きくひらいて、緊張《きんちょう》する。
「一生けんめいに、機械や何かを見ていますよ。あッ、箱を見つけました。たいへんだ。ダイナマイトと書いてある箱ですよ」
「ううむ。とうとう見つけたか。困った。手あらくあつかわないようにしてもらいたいものだが、……あッ、そうだ。さっきのふるい制御台を使って、あの機械人間を取りおさえてしまわねばならない。戸山君たち、さっき調べた旧式の制御台のところへ、もう一度わしを連れていってくれたまえ」
 少年たちは、博士のいうとおりにした。しかしその博士が、ますます狼狽《ろうばい》の色を見せてさわぎたてるので、だんだん心細くなってきた。ことにだれが見ても古ぼけて旧式の制御台を、博士がたよりにしているのが、少年たちを一そう心細くさせた。
 旧式の制御台のところへ博士を連れてくると、博士は目が見えないことを忘れたように、機械を手さぐりして、電源につないだり、スイッチを入れたり調整をしたりした。
「計器を見てくれたまえ。一番上に並んでいる計器の右から三番めの四角い箱型の計器を見てくれたまえ。その針は、どこを指《さ》しているか」
「百五十あたりを指していますよ」
「百五十か。すると百五十ワットだ。これだけ出力があるなら、十分に機械人間を制御できる。さあ、見ておれ。おい君、今わしが仕事をはじめる。君たちは、機械人間のところへ行って、あいつがどうなるか、見ていてくれ。あいつが、しずかに立ちどまって、死んだように動かなくなるはずだ。そうなったら、すぐわしに報告してくれ。よいか」
 そういって博士は、制御台のパネルについている一つのスイッチを入れ、それから舵輪《だりん》のような形のハンドルを握って、ぐるぐると廻しはじめた。
「どうじゃな。まだか。これでもか」
 博士は、蒼白《そうはく》な顔に、ねっとりと脂汗《あぶらあせ》をうかばせて、しきりに機械人間の制御を試《こころ》みている様子。
 がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。
 にぎやかな足音をたてて、奥から機械人間が出て来た。手にはダイナマイトの箱をぶらさげている。少年たちは、それを見て胆《きも》をつぶした。あぶない。いつ爆発するやら、たいへんだ。どうしたらいいのか。少年たちはおどろきのあまり、呼吸が苦しくなり、口もきけなかった。
 何も見えない谷博士ばかりは、熱心に制御台の前でハンドルを廻しつづけている。
 が、博士にも、機械人間の足音が耳にはいった。
「おや、まだとまらない。ふん、こっちへ歩いて来たな。もう機械人間はここらで停止しなければならないんだが、はてな……」
 すると、博士の耳のそばで、気味のわるい声がした。
「さっきから、からだの中が、もぞもぞとこそばゆくてならないと思ったら、君がこの旧式の制御器で、制御電波《せいぎょでんぱ》を出し
前へ 次へ
全20ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング