い声は、ぶつぶつ不平をならべたてた。
 と、また煙の中から、黒光《くろびか》りのするものがとんできた。鋼鉄の腕だった。鋼鉄の足だった。それから鋼鉄の胴中《どうなか》だった。それらのものは、ひきつづいて、ぽんぽん放りだされた。壁にあたってはねかえるのがある。天井《てんじょう》にぶつかって、また下へどすんと落ちるものがある。つづいてまた、鋼鉄の首が、砲弾のようにとび、ごろごろところげまわる。
「あ、あった。これなら、はいれるぞ。ありがたい……」
 しゃがれ声が、ほんとにうれしそうにいった。
 がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。
 煙の中で、町の鍛冶屋《かじや》のような音が聞こえはじめた。かーん、かーんと鋲《びょう》をうつような音もする。つづいて、ぎりぎりぎり、ぎりぎりぎりと、ワイヤ綱《づな》が歯ぎしりをかむような音もする。
 そうこうするうちに、煙がかなりうすくなって、音をたてているものの形が、おぼろげながら分かるようになった。それは室内の煙が壁の大きな穴から、だんだんと外に出ていったためである。
 煙の中に、大きく動いている、人間の形をした者があった。
 それは谷博士ではなかった。博士は向こうの壁ぎわに、長く伸びて床の上に倒れていて、すこしも動かない。
 煙の中で動いている者は、博士よりもずっと大きな体格をもっていた。大きな円筒形《えんとうけい》の頭、がっちりした幅の広い肩、煙突《えんとつ》を二つに折ったような腕――それが、のっそりと煙の中からあらわれたところを見ると、なんとそれはグロテスクな恰好《かっこう》をした機械人間《ロボット》であった。
 鋼鉄製の機械人間が、のっそりと煙をかきわけて、陽《ひ》のさしこむ壁の大穴のところまで出て来たのだ。
 いつのまにか雷雲はさり、けろりかんと午後一時の陽がさしこんでいる。
 室内は、ますます明かるく照らしだされた。室内は、おそろしく乱れている。足の踏み場もないほど、こわれた物の破片で、いっぱいであった。
 天井に、大きな放電間隙《ほうでんかんげき》の球が二つ、前と同じ姿でぶらさがっているが、それから下へ出ていた二本の針金は、どこかへ吹きとんでしまってない。
 その下に、六本のいかめしいプッシング碍子《がいし》の台の上にのっていたガラスの箱は、碍子を残しただけで、あとかたもない。
 曲面盤《きょくめんばん》もなければ、ガラスの皿もない。そのガラスの皿の上にのっていたぶよぶよした灰色の塊《かたまり》――谷博士の作った「人造生物《じんぞうせいぶつ》」も、どこへ行ったか、見えなかった。そしてあたり一面に、ガラスや金属やコンクリートの破片が乱れ散っていた。
「ああ、あたたかくなったと思ったら、こんどは非常にねむくなった。ねむい、ねむい」
 しゃがれた声が、壁ぎわから聞こえて来た。博士がいったのではない。
「ああ、ねむい。しばらくねむることにしよう。どこか、ねむるのに、いい場所はないだろうか」
 壁の穴のそばに立っていたグロテスクな機械人間《ロボット》が、がっちゃん、がっちゃんと動きだした。するとその中から、ねむがっているしゃがれ声が聞こえたのであった。
 それは、あたかも、機械人間が魂《たましい》をもって生きていて、そのようにつぶやいているように見えた。
 怪しい機械人間だ。
 がんらい、機械人間というものは、人間からの命令を受けて、ごくかんたんな機械的な仕事をするだけの人間の形をした機械だった。この場合のように、人間と同じに、感想をのべたり、生活上のことを希望したりするのは、ふつうでは、ありえないことだった。
「どこか、いい場所がありそうなものだ。どれ、探してみようか」
 怪しい機械人間は、そういいながら、がっちゃん、がっちゃんと金属の太い足をひきずって、室の一隅《いちぐう》にあった階段を、上へと登っていった。


   博士よみがえる


 それから一時間ばかりたった後のことであった。
 登山姿に身をかためた五人の少年が、三角岳《さんかくだけ》の頂上へのぼりついた。
「やあ、すごい、すごい」
「すごいねえ、戸山《とやま》君。やっぱり、塔はくずれているよ。ほら建物もあんなに大穴があいているよ」
「ほんとだ。あのとき、塔も建物も、火の柱に包まれてしまったからね、もっとひどくやられたんだろうと思ったが、ここまで来てみると、それほどでもないね」
「いや、かなりひどく破壊《はかい》しているよ。塔なんか、半分ぐらい、どこかへとんじまっているよ。それに建物が、めちゃめちゃだ。ほら、こっちがわにも大穴があいているよ。落雷と同時に、中で爆発をおこしたものかもしれない」
「中に住んでいる人は、どうしたろうね」
「どうなったかなあ、塔や建物がこんなにひどく破壊しているんだから、中に住んでいた人たちは、もちろん死んじまったろう」
「死んじまったって。そんならたいへんだ。みんなで中へはいって、調べてみようじゃないか。そして、もしかしてだれか生きていたら、その人はきっと重傷をしているよ。ぼくたちの手で、すぐ手あてをしてやろうよ」
「うん。それがいい。じゃあ、あの建物の中にはいってみよう」
「よし。さあ行こう」
 五人の少年たちは、研究所のこわれた戸口から、中へはいっていった。
「あっ、たいへんだ。中が、めちゃめちゃにこわれているよ」
「どうしたんだろうねえ。この建物は、なにをするところなの」
「なんとか研究所というんだから、なにか研究をするんだろう」
「ここは、有名な谷博士の人造生物研究所だよ。ぼくはおとうさんから聞いて知っているんだ」
 戸山という少年がいった。戸山は、この少年団のリーダー格であった。あとの四人の少年もみんな同級生であった。きょうはいいお天気であったので、三角岳登山を試みたのであったが、途中で雷に出あい、洞穴《どうけつ》の中にとびこんで雷鳴《らいめい》のやむのを待った。そのうちに雷鳴ははげしくなり、前方に見えるここの塔の上に落雷したのを見た。
 やがて雷雲が行きすぎたので、五人の少年たちは、目的地である三角岳の頂上まで登って来ようというので、ここまで登って来たわけ。するとこの研究所の建物がひどくこわれているので、それにおどろいて、中へはいったわけであった。
「あ、人がたおれている」
「ええッ」
「あそこだよ。白い実験着を着ている人が、たおれているじゃないか。壁のきわだよ」
「ああ、たおれている」
 五人の少年たちは、谷博士を見つけた。そばへかけよってみると、博士は顔面や腕に傷をこしらえ、死んだようになっている。呼びおこしても、意識がない。戸山は、博士の鼻の穴へ手を近づけた。博士はかすかに呼吸をしているようだ。そこで彼は耳を博士の胸におしつけてみた。博士の心臓はたしかに打っている。しかし微弱《びじゃく》である。
「この人は、気をうしなっているんだよ」
 戸山は、結論をつけて、みんなに話した。
「じゃあ、活《かつ》をいれてみようか」
 井上《いのうえ》少年がいった。彼は、柔道を習っていて、活の入れかたを知っていた。
「それよりも、葡萄酒《ぶどうしゅ》をのませた方がいいんじゃないか」
 羽黒《はぐろ》少年は救護係《きゅうごがかり》であったから、自分がリュックの中に持って来ている、気つけ用の葡萄酒のことをいった。
「気をうしなっているんだから、活の方がいいよ。気がついたら、こんどは葡萄酒をのませる順番になる。井上君、ちょっと活をいれてごらん。あとの者は、みんなてつだって、この人を起こすんだ」
 四人の少年が、博士の上半身を起こした。すると井上がうしろへまわって、博士の脊骨《せぼね》をかぞえたうえで、急所をどんと突いた。
 だめだった。博士は、あいかわらず、ぐったりしたままだ。
「だめかい」
 と、みんなは心配そうに、井上にたずねた。
「まだ、分からない。もう四五へんくりかえしてみよう」
 井上は、まだ希望をすててはいなかった。えいッ。またもう一つ活をいれた。
 と、うーんと博士はうなった。そしてにわかに大きな呼吸をしはじめた。顔色が、目に見えてよくなった。顔をしかめる。痛みが博士を苦しめているらしい。
「あ、生きかえったらしいぞ」
「さあ、葡萄酒の番だ」
「よし、ぼくが、のませてやる」
 羽黒は、リュックを背中からおろして、さっそく水筒《すいとう》の中に入れている葡萄酒をとりだし、ニュウムのコップについで、博士の口の中へ流しこんだ。
 博士は、ごほんごほんとむせた。羽黒はもう二はいのませた。
「ああッ、ありがとう。どなたか知らないが、私を介抱《かいほう》してくだすって、ありがとう」
 博士は元気になって、礼をいった。その博士は、目をあいているが、手さぐりであたまをなでまわす。
「おじさんは、目が見えないのですか」
 戸山が、たずねた。
「目が見えない? そうです。今は目が見えない。さっき実験をやっているとき、目をやられて、見えなくなったのです。困った。まったく困った」
「おじさんはだれですか」
「私はこの研究所の主人《あるじ》で、谷です。君たちは少年らしいが、どうしてここへ来ましたか。いや、それよりも、もっと早く知りたい重大なことがある。この部屋は、どうなっていますか。器械や実験台などは、ちゃんとしていますか」
 谷博士の質問にたいして、少年たちは気のどくそうに、かわるがわる室内の様子を話してやった。
 博士の顔は、赤くなり、青くなりした。眉《まゆ》の間には、ふかいしわがよった。
「えッ。ガラス箱なんか、どこにも見えませんか。ガラスの皿もですか。その皿の上にのっていた灰色のぶよぶよした海綿《かいめん》のようなものも見えませんか。よく探してみてください。そのぶよぶよした海綿みたいなものを、どうか見つけてください。それが見つからないと、ああ、たいへんなことになってしまう」
「そんなものは、どこにも見えませんよ」
「ほんとですか。ああ、目が見えたら、もっとよく探すのだが……」
「そのぶよぶよした海綿みたいなものというのは、いったいなんですか」
「それは……それは、私が研究してこしらえた、ある大切な標本《ひょうほん》なのです」
「標本ですか」
「そうです。その標本は、生きているはずなんだが、ひょっとすると、死んでしまったかもしれない」
「動物ですか」
「さあ、動物といった方がいいかどうか――」
 そういっているとき、がっちゃん、がちゃんと音がして、階段の上からおりて来る者があった。
 少年たちは、その方をふりかえって、思わず「あッ」といって、逃げ腰になった。
 階段をおりて来たのは、ものすごい顔かたちをした機械人間《ロボット》であった。
「おや、機械人間が、ひとりでこっちへ歩いて来るぞ。これは奇妙《きみょう》だ」
 盲目の谷博士は、首をかしげた。博士はたくさんの機械人間を、この建物の中で使っていた。それを機械人間何号と呼んでいた。その機械人間たちは、博士が、特別のかんたんなことばをつづりあわせた命令によってのみ動くのであった。ところが今、階段から、がちゃんがちゃんと、機械人間がひとりでおりて来たので、博士は怪《あや》しんだのだ。
 その怪しい機械人間は、なぜひとりでおりて来たか。
 盲目の谷博士と、怪しい機械人間は、どんな応対をするであろうか。
 この奇怪な山頂の研究所にはいりこんだ五少年は、これからどんな運命をむかえようとするか。
 気味のわるいしゃがれ声を出す者は、いったい何者であろうか。


   少年の協力《きょうりょく》


 がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。異様《いよう》な顔をした機械人間《ロボット》は、階段をおりきると、谷博士と五人の少年がかたまっているところへ、金属音《きんぞくおん》の足音をひびかせながら近づいた。
 少年たちは、目を丸くして、このふしぎな機械人間の運動ぶりを見まもっている。少年たちは、科学雑誌やものがたりで、こういう機械人間のことを読んで知っていて、いつかその本物を見たいとねがっていた。ところが今、はからずもこの研究所の塔の中でお目にかかったものだから、少年たち
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