ているんだね」
「だれだ。そういう君は何者だ」
「私だよ。さっきも君が聞いてくれたね。わけのわからない私だよ。この足音を聞いたら、分かるだろう」
 機械人間は、がっちゃんがっちゃんと荒々しく足ぶみをしてみせたが、そのときあいている方の左手をのばしたて、がーんと制御台のパネルを叩《たた》きやぶった。
「うわーッ」
 博士はとびのいて、その場にころぶ。
「こんどはどこへ行こうか。ここはもう興味をひくものがない」
 機械人間は、笑うでもなく怒るでもなく、ひややかにそういって、ひとりずんずんと階段をのぼっていった。
 井上と羽黒の二人は、勇気をふるいおこして、怪しい機械人間のあとを追いかけた。
 怪物は、階段をあがると、例の全壊《ぜんかい》に近い大広間の壁の大穴をくぐって、外にでていった。そしてどんどんと早足になって、山道を下の方へとぶように行ってしまった。
 やがて怪人の姿は、雨あがりの木のまにかくれて見えなくなった。


   巨人《きょじん》ダム


 三角岳《さんかくだけ》をくだっていったところに、有名な巨大なダムがあった。
 このダムは、山峡《さんきょう》につくった人工の池をせきとめている。それは巨大な鉄筋《てっきん》コンクリートで築《きず》いた垣《かき》であった。水をせきとめるための巨大な壁であった。
 三角岳の大ダムと呼ばれていた。
 このダムによって、せきとめた水が、高いところから下に落ちるとき水力発電するのだった。水はこの広い山岳地帯《さんがくちたい》を縫《ぬ》って麓《ふもと》へ流れるまでに十ケ所でせきとめられ、そこに一つずつ発電所がある。つまり連続して、十ケ所で水力発電をするのだった。
 この大じかけな発電系に、水を一年中いつでも十分に送れるように、この三角岳の大ダムはものすごく多量の水をたくわえている。
 この大ダムは、日本一の巨大なものであった。しかしこのダム工事は、建設のとき非常に急がされたので、少々失敗したところがあった。そんなことがなければ、このダムは今より三割も多くの水を、たくわえることができたであろう。
 この大ダムの西の端に、一つの建物がある。ここには、ダムの水位《すいい》を測定《そくてい》する人たちが詰めている。そのほかに、ダムを見まわる監視員《かんしいん》も、この建物を足がかりとして出はいりしている。
 だが、いつもの日は、この建物の中にいるのは五六人にすぎなかった。平常《へいじょう》は、大した用事もないから大ぜいの人がいる必要はないのであった。
 きょうも測定|当直《とうちょく》の古山《ふるやま》氏ほか二人と、巡視《じゅんし》がすんで休憩中《きゅうけいちゅう》の大池《おおいけ》さんと江川《えがわ》さんの五人が、退屈《たいくつ》しきった顔で、時間のたつのを待っていた。そこへ、のっそりとはいって来た異様《いよう》な姿をした人物があった。
 それこそ、例の怪《あや》しい機械人間であった。
 がっちゃんがっちゃんの足音に、所員たちはすぐ気がついた。ふりかえってみて、相手の異様な姿に一同は胆《きも》をつぶした。
(機械人間みたいだが、どうしてここへひとりではいって来たのかしら)
 と、一同はふしぎに思いながら、気味《きみ》のわるさにすぐには声が出なかった。
 機械人間は、片手にダイナマイトの箱をぶらさげ室内をぐるぐる見まわしていたが、壁に張りつけてあるダムの断面図《だんめんず》に目をつけると、そばへ寄ってまるで生きている人間の技師のように、しげしげと図面《ずめん》に見いった。
「もしもし。君は、ことわりなしに、ここへはいって来たね。早く出ていきたまえ」
 ついに大池が勇《いさま》しく立ちあがって、機械人間のそばへ寄り、しかりつけた。
 すると機械人間は、彼の方へ、樽《たる》のように大きい首をふりむけて、
「このダムの設計は、はなはだまずいね。このへんにちょっと亀裂《きれつ》でもはいろうものなら、ダム全体がたちまちくずれてしまう。あぶない、あぶない」
 と、機械人間は、笛を吹くような気味のわるい声でこのダムの設計のまずいことを指摘《してき》した。
 すると大池が怒った。
「よしてくれ。人間でもない、へんな恰好《かっこう》をした鉄の化物《ばけもの》のくせに、人間さまのやったことにけちをつけるなんて、なまいきだぞ」
「そうだ、そうだ。分かりもしないくせに、なまいきなことをいうな。さあ、出て行け」
 江川も立って来て、機械人間をしかりとばした。
「私なら、こんな設計はしない。ここのところは、こうしなくてはならない」
 機械人間は、机の上から赤鉛筆をとると、壁にはってある設計図の上に赤線をひいて、元《もと》の設計を訂正《ていせい》していった。
「よせ。よけいなおせっかいはよして、早く出て行け。出なけりゃ外へほうりだすぞ」
 江川が機械人間の手から赤鉛筆をもぎとった。大池は機械人間を突きとばした。
 機械人間は、びくともしなかった。大池の方が腕を痛めて、痛そうにさすっていた。
「私のいうことは正しい。うそと思うなら、私について来なさい。私は、ダム建設の失敗箇所《しっぱいかしょ》へダイナマイトをあててみる。それでこのダムがひっくりかえったら、私のいったことは正しいのだ。来たまえ、諸君」
「きさまは化物であるうえに、気も変になっているんだな。いったいだれがこの機械人間をあやつっているのだろう」
「早く来たまえ。このダムはかんたんにくずされるのだ」
「はははは。何をいうんだ。おどかすな。見に行ってやることはないよ」
「ちょっと大池君。あの化物が手に持っている箱には、ダイナマイトと書いてあるぜ。本物のダイナマイトを持っているんなら、たいへんだぜ」
「なあに、よしや本物のダイナマイトであろうとも、ダムがひっくりかえるなんてことはないさ。とにかくあの化物を遠くへ追いはらう必要がある――」
 といっていたとき、とつぜん天地はくずれんばかりに振動し、それにつづいて腹の底にこたえる気味のわるいごうごうの響《ひび》き。
「おやッ」
 と大池と江川が顔を見あわせたとき、二人の少年がかけこんで来た。
「たいへんですよ。機械人間が今、ダイナマイトの箱をダムに叩きつけたんです。ダムは決潰《けっかい》して、ものすごい水が下へ大洪水《だいこうずい》のようになって落ちていきます。たいへん、たいへん。早く出て来てください」
 たいへんだ。あの怪しい機械人間は、あっさりダイナマイトをダムにぶっつけて、巨人ダムをひっくりかえしてしまったらしい。二人の所員は、その場に腰をぬかしてしまった。


   怪物《かいぶつ》の行方《ゆくえ》


「あッ、たいへんだ。早く、ふもとの村へ危険を知らせるんだ」
「どこへ一番はじめに、電話をかけますか」
「どこでも早くかけろ」
「じゃあ、第二発電所を呼びだしますか」
「だめだ。もうあのおそろしい水は、第二発電所へぶつかって、おしつぶしているだろう。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》だ。もっと下へ電話で危険をしらせろ」
「じゃあ、どこへかけりゃいいんですか。はっきりいってください」
「おれはよく考えられないんだ。君、いいように考えて電話をかけてくれ」
「困ったなあ」
「あッ、だれか鐘をならしているぞ。そうだ。のろしをあげろ」
「もしもし、ここも危険ですよ。水に洗われて、土台にひびがはいって来ました。ぐずぐずしていると、家もろとも洪水《こうずい》の中に落ちこみます。早くにげなさい。早く、早く」
「ええッ、ほんとかい。それはたいへんだ」
「おーい、おまえさんもにげなさい。命をおとしてもいいのかい」
「にげるけれど、猫がいないから探しているんだ」
 混乱のうちに、めりめり音がして、庁舎《ちょうしゃ》がさけだした。
 このとき、最後の避難者《ひなんしゃ》がにげだした。彼が戸口から出て、ダムの破壊箇所《はかいかしょ》と反対の方向へ、二三歩走ったと思うと、庁舎は大きな音をたてて、決潰《けっかい》ダムの下のさかまく泥水《どろみず》の中へ、がらがらと落ちていった。
「ああ、助かってよかったよ。ねえ、ミイ公《こう》や」
 その最後の避難者の腕に、まっ白な猫の子がだかれていた。
 ものすごい決潰と、恐ろしい大濁流とに、人々はすっかりおびえきっていて、もっと早くしなくてはならないことを忘れていた。
、やっとそれに気がついた者があった。
「ああ、あそこに立っている。あいつだ。ダムをこんなにこわしたのは……」
 そういったのは、例の五人の少年の中のひとりである戸山君だった。彼の指さす方角に岩山があって、その岩山に腰をかけて、こっちを見おろしている怪物があった。それこそ例の機械人間であった。
「あ、あいつだ。あいつが、この大椿事《だいちんじ》をおこしたんだ。あいつを捕《とら》えろ」
「警察へ電話をかけて、犯人がここにいるからといって、早く知らせるんだ」
「だめだよ。電話どころか、庁舎も下の方へ流れていってしまった」
「おお、そうだったな。それじゃあ、みんなであの怪しいやつを追いかけよう。棒でもなんでもいいから、護身用《ごしんよう》の何かを持ってあいつを追いかけるんだ」
「よしきた。おれが叩《たた》きのめしてやる」
 おいおいそこへ集まって来た木こり[#「こり」に傍点]や炭やきや、用事があってそこを通りかかっていた村人も加わり、怪しい機械人間を追いかけていった。が、彼らはまもなく、青くなってにげかえって来た。
「ああこわかった。あれは、ただの人間じゃないじゃないか。すごい化物だ」
「もうすこしで、おれは腰をぬかすところだった。おどろいたね、みそ樽《だる》ほどもある岩を、まるでまりをなげるように、おれたちになげつけるんだからなあ。おそろしい大力だ。あんなものがあたりや、こっちのからだは、いちご[#「いちご」に傍点]をつぶしたように、おしまいになる」
「なんだい、あの化物の正体《しょうたい》は」
「さあ、なんだろうなあ。まっ黒だから、お不動《ふどう》さまの生まれかわりのようだが、お不動さまなら、まさか人間を殺そうとはなさるまい。あれは黒い鬼《おに》のようなものだ」
「黒鬼《くろおに》か。赤鬼や青鬼の話は聞いたことがあるが、黒鬼にお目にかかったのは、今がはじめてだ。しかし、待てよ。鬼にしては、あいつは角《つの》が生《は》えていなかったようだぞ」
「いや、生えていたよ、たしかに……」
 村人たちのさわぎは、だんだん大きくなっていく。
 そのうちに、ふもとの村から、特別にえらんだ警官隊がのりこんで来た。この警官たちはこわれたダムの警戒にあたるつもりで来たが、犯人が意外なる大力無双《だいりきむそう》の怪物であると分かり、それから山中に出没《しゅつぼつ》するという報告を受けたので、「それでは」と怪物狩《かいぶつが》りの方へ、大部分の警官が動きだした。
 もちろん、とてもそれだけの人数の警官ではたりそうもないので、ふもと村へ応援隊をすこしも早くよこしてくれるように申しいれた。
 山狩《やまが》りは、ますます大がかりになっていった。しかしかんじんの怪しい機械人間は、どこへ行ったものか、その夜の閣《やみ》とともに姿を消してしまった。


   柿《かき》ガ岡病院《おかびょういん》


 目が見えなくなったうえに、怪しい機械人間の出現《しゅつげん》で、すっかり神経をいためてしまった谷博士は、五人の少年の協力によって、警察署の保護をうけることになった。
 三日ほどすると、すこし博士の気もしずまったので、かけつけた博士の友人たちのすすめもあって、博士は東京へ行くことになった。東京へいって、入院をして、目と神経《しんけい》とをなおすことになったのだ。
「わしの東京行きは、ぜったい秘密にしてくれたまえ。そうでないと、わしはこのうえ、どんな目にあうかもしれない。殺されるかもしれないのだ」
 と、博士はひとりで恐怖《きょうふ》していた。
 友人たちは、博士に、そのわけをたずねてみたが、博士はそのわけをしゃべらなかった。
「今は聞いてくれるな。しかし、わしは根《ね》も葉《は》
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