こわせ」
「はい」
二三人の機械人間は、扉に体あたりをしていたが、さすがの機械人間の怪力《かいりき》にも、この厚い鉄の扉は、びくともしなかった。
「相手は手ごわいぞ。火焔放射器を持っているらしいから、よし、この部屋の通気孔《つうきこう》から、毒ガスを注ぎこめ」
X号はいまは、かんかんに怒っていた。一人の機械人間は、さっそくその準備に飛びだしたが、その時X号は、ふと思いたったことがあった。
「さてはあの子供らめ、谷博士としめしあわしてのしわざだな。いよいよ博士も生かしておけんぞ」
X号は、あの谷博士のとじこめられていた部屋へとびこんだのである。
サルは語らず
「いや、なんだ、まだ博士はどこへも逃げてはいないじゃないか」
さすがの超人X号も、まだ博士とサルの入れかえには気がつかなかったのである。
「やい、谷博士。きさまはよくも、あの小わっぱどもとしめしあわせて、このおれに手むかおうとたくらんだな。もうこのままにはしておけんぞ。八つざきにしてやるから、かくごしろ」
ところが、サルはそのことばの意味も分からないように、鉄棒をゆすぶってキャーッと叫んでいただけである。
「そんな手で、わしをだまそうとしたって、ききめはないぞ。さあ、小僧たちに何をおしえた」
「キャーッ、ウォーッ」
あいかわらず、サルは返事をしないのだった。
「いわないなら、いわんでもいい。いま聞いてやるからそう思え」
X号は、壁にかかってあるレシーバーを耳にあて、壁のボタンを押した。この檻全体が一つの脳波受信機《のうはじゅしんき》になっていて、中にいる谷博士の考えていることは、ちゃんとこのレシーバーから聞こえて来るのである。ところがその時は、キャーッという叫びと、ズーズーという雑音《ざつおん》がはいるだけで、かんじんの博士の考えは、何一つX号に分からなかった。
「はてな。こんなはずはないが。どうしたのかな。機械の故障かな。それとも博士がいつのまにか、ほんとうのサルに退化《たいか》したんかしら」
さすがのX号も、この時は、思わず首をひねったのである。
その時、うしろの廊下から、一人の機械人間があわててとびこんで来た。
「毒ガス注入《ちゅうにゅう》終りました」
「よし、それではすぐに圧縮空気《あっしゅくくうき》を吹きこんで、毒ガスを追いだせ」
「はい」
消毒作業はまもなく終った。
「それでは火焔放射器で、この扉を焼ききれ」
「はい」
一人の機械人間が、火焔放射器を扉にむけ、またたくまに、錠はとけて焼けおち、扉はガタンとひらいたが、中には五人の少年とサルが毒ガスにやられて、倒れていると思いのほか、残っているのはからの檻だけ――中には何もはいっていなかった。
「しまった。まんまと小僧めと博士にしてやられたわい。さては博士はサルと入れかわって、となりの部屋から逃げだしたと見える。だが、どうしてこの階から上へ逃げだしたろう」
X号はがくがくとからだをふるわせて、興奮《こうふん》しきっていたのである。
ところが、X号のおどろきは、まだまだそれではすまなかった。廊下いっぱいに、ラウドスピーカーから、大きな声がひびきわたった。
「非常警報、非常警報。
ただいま機械人間操縦室に、火焔放射器を持ったあやしい機械人間が七名侵入、目下|激戦中《げきせんちゅう》、応援《おうえん》たのむ。応援たのむ。オー、ウワァーッ」
けたたましい悲鳴《ひめい》とともに、その放送はばたりとたえてしまったのである。
さすがのX号も、こんどというこんどは恐ろしさにたまりかねた。あわててあたりを見まわすと、まわりにいた機械人間は、一人のこらずばたりと動かなくなってしまったのである。
さては怪機械人間の一味が、機械人間操縦室を占領したのだ。そうして機械を停止して、機械人間へ送る電波を切ったのだろう。
だが事はそれだけではすみそうにもない。万一《まんいち》彼らが、別の電波を送りはじめたら、機械人間はまた動きだして、自分へとびかかって来ないともかぎらないのだ。
X号は血まなこになって、エレベーターへとびこんだ。
「地上二十四階へ」
エレベーターは矢のように、地下十六階から、この研究所の最上階、二十四階へ飛びあがっていった。
機械人間《ロボット》の正体
「やれやれ、これでやっと一仕事かたづいたわい」
機械人間操縦室を占領した、怪機械人間の一隊は、さすがにほッとした様子であった。
部屋の中には、五六人の機械人間が、火焔放射器でやられてひっくりかえっており、壁にはめこまれた、数千のダイアルの前では、ちゃんと人間の形をした、人造人間が、うつぶせになって倒れていた。
「先生、これでもうこっちのものですね。機械人間さえやっつけてしまえば、X号の一人ぐらい、恐るることはありませんよ」
その声は、どうやら戸山君らしかった。
「いやいや、まだまだゆだんは禁物《きんもつ》だ。X号は、このうえ何を考えだすか、知れないのだから、なんとかして、あいつをこっぱみじんに粉砕《ふんさい》してしまわないと、どうしても安心はできないよ」
その声は、たしかに谷博士である。
「ではどうして、あの電臓《でんぞう》をたたきつぶすのです」
別の機械人間がたずねた。
「あいつを作りだしたのは、ぼくとしても、一生一代の失策だったよ。やはり人間というものは、自分の力の限界をさとるべきだった。生命を作りだすということは、神さまだけのなすことで、人間の力でくわだてることではないんだ。それをやろうと思ったのが、ぼくがこうして苦しむもとになったのだ……。
いや、今さらそんなことをいっている場合じゃない。X号の電臓は、三千万ボルトの高圧電流で生命を受けたのだから、ちょっとやそっとの方法では、殺すことはできない。ここにいたような、ふつうの電臓なら、実験室の百万ボルトぐらいで動きだした、下等な電臓だから、火焔放射器でのびてしまうけれど、あいつはそんなことではとうていだめだ。たった一つのこされた方法は……」
「それはいったいどうするのです」
「恐ろしい方法だが、いまここではいえない。それよりもまず、一刻も早く、外部に連絡をとろう。山形君、短波放送で、警察に連絡をしてくれたまえ」
「はい」
一人の機械人間が答えて、短波放送機に近づいた。
山形――といえば、どこかで聞いたような名ではないか。そうだ。X号によって、娘のからだの中へとじこめられた、山形警部が、あの地下室へあらわれた、怪機械人間の正体だったのである。
彼は、自分の体がはずかしいので、役所にも出ず、自分の家へひきこもったきりだったが、何度もとのからだにかえしてくれとたのんでも一向にらち[#「らち」に傍点]があかず、そのうちに博士がふしぎなことばかりやりだしたので、いよいよ博士の正体に恐ろしい疑いをいだき、一人の機械人間をばらばらに分解して、その中の機械をとりだし、自分がその中にはいって、機械人間のように見せかけ、この研究所の中へはいりこんで、内部の様子をさぐっていたのである。谷博士や少年たちが、地下十六階から脱出《だっしゅつ》する時も、やはり倉庫にはいっていた、予備の機械人間を分解し、その中にはいって逃げだしたのだった。それだから、階段やエレベーターにも怪しまれず、ほかの機械人間にも気づかれずに、ここまでやって来ることができたのである。
――谷博士は、まっかなにせ者、X号が化けていたことがわかった。山形警部は、戸山少年たち五名と協力し、ほんものの谷博士を救いだして、研究所の中心部を占領し、機械人間を活動停止させた。即刻《そっこく》警官隊を出動させて、研究所の建物全部を占領せよ。われわれは全力をあげてX号を追跡する――
こういう短波放送が、くりかえしくりかえし、電波に乗って流れて行った。まもなく、
――大手柄を感謝す。武装警官百五十名は、いまトラックに分乗して、三角岳に向かった。ひきつづき、X号の逮捕に努力せられたし。署長――
という返事があったのである。
だが谷博士は、ふきげんだった。
「逮捕など、そんな生やさしいことが、X号に向かってやれるものか。X号を殺すか、われわれが殺されるか。食うか食われるかの争いなのに、そんなことでは、どうするんだ」
そして、博士のことばのとおり、X号の反撃は、またたくうちにはじまったのである。
X号反撃
その時、扉のそばに立っていた少年が大声で叫んだ。
「先生、たいへん、たいへんですよ。倒れていた機械人間《ロボット》が、また動きだしました」
「そんなばかな……」
と答える博士の声も、とたんに上ずっていた。
しかし、これはけっしてうそでもなんでもなかったのである。部屋の中に倒れている機械人間こそ、頭の受信装置を、火焔放射器《かえんほうしゃき》で焼ききられているので、動きだしはしなかったが、廊下にひっくりかえっていた、無傷《むきず》の機械人間は、むくむくと起きあがりはじめたのである。
どこからか、電波が送られはじめたのだ。ここの送波装置《そうはそうち》は、全部スイッチを切ってしまってあったのだから、どこか気のつかない所にあった、予備の操縦装置を、X号が動かしはじめたのだろう。
先頭に立った機械人間は、恐ろしい勢いでこちらへとびかかって来た。さいわいに火焔放射器がものすごい火焔をふきだして、その機械人間は、ウワァーッといって倒れたが、つづいて一人、また一人――
五人の少年は、戸口にならんで、火焔放射器で火の幕を作った。そしてどうにか、その先頭部隊だけを倒すことができたが、残りの機械人間が、全部活動をはじめたとなると、これはどんな武器を持って襲撃してくるか。多勢に無勢、はじめの奇襲《きしゅう》こそ成功したが、正面からの戦争となると、なんといってもこちらは不利だといわねばならない。
「山形君、大急ぎで地階へおりてくれたまえ。そして発電装置を破壊するんだ。ぼくはそれまで、この操縦装置を動かして、向こうの電波を妨害《ぼうがい》するから――」
警部の機械人間は、壁のボタンを押して、エレベーターへ飛びこむと、さっそく地階へおりて行った。博士の機械人間は、操縦盤の前に坐ると、しきりにダイアルを動かしはじめたが――
「先生、また機械人間の一隊が、向こうにあらわれましたよ。こんどは何か手に黒い手榴弾《てりゅうだん》のようなものを持っています」
戸山少年の機械人間は、ついに悲鳴《ひめい》をあげたのである。
「その机の前に、怪力線《かいりきせん》の放射器がある。それを向こうに向けて、ボタンを押したまえ」
博士はけんめいに叫んだ。
向こうにあらわれた機械人間は、手に手に手榴弾のようなものを持ち、こちらへ向かって、投げつけようとしたが、戸山少年が機械のボタンを押すやいなや、目に見えぬ怪力線が放射されたのであろう。
機械人間の手に持っていた爆薬《ばくやく》は、大音響《だいおんきょう》を立てて爆発し、機械人間の一隊は、こっぱみじんに吹きとばされたのである。
「先生、愉快《ゆかい》、愉快ですね。これさえあればもう大丈夫。もう何人、機械人間があらわれても平気ですよ」
機械人間の破片《はへん》は、こちらへもものすごい勢いで飛んで来たのだから、もし博士や少年たちが、機械人間の中へはいっていなければ、その爆風や断片で、大けがをしたにちがいない。しかしさいわいに、なんの負傷もしなかったのだから、少年たちはしきりに愉快がっているのだった。
「それはいいが、困ったことになってしまったよ」
博士の声は震《ふる》えていた。
「どうしてです」
「いまの爆風と破片で、こちらの操縦装置がこわれてしまったんだよ。もうこちらからはなんの電波も送れないんだから、機械人間の活動を妨害する方法はないんだ。いまに毒ガスでも使われたら、こちらには防ぐ方法がない。早く山形君が、発電装置をこわしてくれないかぎり、戦いはこちらの負けだよ」
博士のことばは悲壮《ひそう》であった。ところが、たのみに思う山形警部の機械人間は、悄然《しょうぜん
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