械人間はおこったようであった。
「きさまらは、X号の一味のくせに、ぼくの正体《しょうたい》がわからないのか。ぼくこそ、ほんとうの谷博士だぞ」
 機械人間は、おどろいたように、二三歩よろよろとよろめいた。
「そんなばかな……そんなはずは……だがいったいそれはほんとうですか」
「ほんとうだったら、どうするんだ」
「そういえば、声もたしかに先生の……これは失礼いたしました。ずいぶん先生を、おさがししていたんですがね。まさか、こんなところにおられるとは気がつきませんでしたから。先生、X号の陰謀《いんぼう》をごぞんじですか。地球上の人類を絶滅《ぜつめつ》させて、自分らがそのかわりにとってかわろうという………」
「知っている。知っているとも。X号は気が変になってしまったんだ」
「そのとおりです。先生、早くこの檻から出てください。そして先生のお力でなんとかして、このX号を倒してください。さもないと、あとわずかのうちに、とりかえしのできないことになりますから……」
「わかっているよ。君がそんなにいうのなら、ともかくここから出してくれたまえ」
「承知《しょうち》しました」
 機械人間はこつこつと足音を立てて、廊下《ろうか》の方へ姿を消した。
「戸山君、これはどうしたんだろうね。見つかったら命がないと思って、ひやひやしていたら、あの機械人間は、ふしぎなほど、こちらに親切じゃないか」
 一人の少年が、戸山君の耳にささやいた。
「そうだね。じっさいふしぎだ。機械人間はぜんぶ、X号の手下だと思っていたら……きっと、機械人間もああして考える力を持つようになったものだから、X号に反対する仲間もそのうちにできて来たんだろうね」
 こうでも考える以外、まったくなんとも考えようはなかったのである。
 そのうちに、機械人間は、手に何か、火焔放射器《かえんほうしゃき》のようなものをかかえてかえって来た。
「先生、それではこの錠《じょう》を焼ききりますよ。やけどをするといけませんから、向こうのすみへ、はなれていてください」
 しゅーッと音がして、機械からは、紫色の雷弧《アーク》がとびだした。その火にあたると、がんじょうな鉄の錠も、みるみるあめのようになって、どろどろに熔《と》けおちてしまったのだった。
「さあ、これで扉はあきましたから、出ていらっしゃい」
 サルは、おどりあがって、檻からとびだした。
「ありがとう。機械人間君、お礼をいうよ。このとおりだ」
 サルは機械人間の鉄の手をにぎって、ぽろぽろと涙をこぼした。
「お礼なんか、どうだっていいんですよ。だれかに見つかるといけませんから、ちょっと細工《さいく》をしておきましょう。どうせばれるにはちがいありませんが、一分でも時をかせいだ方が有利ですからね」
 機械人間は、檻をたたいて何か合図をした。すると空になった檻は、すっかりひとりでに動いて廊下へ出た。と思うと、廊下からは、となりの部屋にあったはずの、サルの眠っている檻が、ひとりではいって来たのである。
「こうしておけば、しばらくは先生がここから逃げだしたこともごまかせるでしょう。X号は、先生がいつのまにか、サルに退化《たいか》したと思ってびっくりしますよ。わっはっは」
 機械人間はこういって、からからと笑った。なんとふしぎな機械人間ではないか。
「それでは先生、みなさん、こちらへ」
「いったい、君は何者《なにもの》なんだね」
 サルの谷博士は、まだまだこの機械人間に気は許せないという様子であった。機械人間は、ふふふとふくみ笑いをすると、サルの耳に口をよせて、何かくしゃくしゃ、ささやいた。
「えッ、君はすると……」
「しッ、先生、大きな声を出しちゃいけませんよ。この建物の中では、何一つゆだんして物がいえないのですよ」
 機械人間はこういって、じッとあたりの様子をうかがっているのだった。


   X号おどろく


 その翌朝、X号の谷博士は、大きなあくびをしながら、自分の部屋の寝台の上で目をさました。
「ああ、いい気持ちだった。ゆうべ電気をかけておいたおかげで久しぶりによく寝たが、これでせいせいしたわい」
 こんなひとりごとをいって、博士は枕《まくら》もとのボタンを押した。
 扉がひらいて、一人の機械人間が、銀の盆《ぼん》の上に朝食をのせてあらわれた。バタートーストにスープに、ハムエッグスに、コーヒーに葡萄酒《ぶとうしゅ》、どれもふつうの量の三倍から四倍もあった。
 顔も洗わず、歯もみがかずに、X号がもりもりと、朝食をたべはじめた時である。扉のかげから、いま一人の機械人間が、あわてたようにかけこんで来た。
「先生、たいへん、たいへんですよ」
「なんだ、うるさい。朝っぱらから、そんな大きな声でさわぎたてては、朝飯《あさめし》がまずくなってしまうじゃないか」
 X号は、眉《まゆ》をひそめて、その機械人間を荒々《あらあら》しく叱《しか》りとばした。
「でも、先生、これは天下の一大事ですよ。あの五人の少年が、どこかへ姿を消しました」
「なんだと」
 さすがにX号も顔色をかえて、スープの中へハムエッグスをぽたりと落とした。
「そればかりではありません。実験室の二つ向こうの部屋から実験室の中がうつるような、望遠装置がしかけてありました。きっとあいつらのしわざにちがいありません」
「ちくしょう」
 X号は、ばりばりと歯ぎしりし、お盆をひっくりかえして、寝台の上へむっくと立ちあがった。
「さては、あのがきめら、わしの正体を見やぶったな。ゆうべ電気をかけていたところをのぞいて、それで恐ろしくなって逃げだしたな。さあ、こうしてはおられぬわい。さっそくつかまえて、一寸《いっすん》だめし五分《ごぶ》だめし、なぶり殺してやらねば、こっちの気がおさまらないわ」
 目を逆立《さかだ》て、口を耳までひろげて、どなり立てるX号の姿は、まるで赤鬼のようにものすごかった。
「見張りはなにをしているんだ。この建物から夜のあいだに出はいりすれば、かならず電波探知機《でんぱたんちき》で、非常警戒のベルが鳴るはずなのに、機械は故障でも起こったのか」
「いいえ、機械にも何も異状《いじょう》はありませんし、見張りの機械人間も、だれの姿も見うけなかったと申しております。窓も戸口も内がわから鍵がかかっていて、逃げだした形跡《けいせき》はどこにも残っておりません」
「よーし、それではあいつらは、まだこの研究所からは逃げだしていないな。きっとわしの姿を見てこわくなって、どこかへかくれて、青くなって、がたがた震《ふる》えているのにちがいあるまい。そんなスパイを生かしてかえしては、せっかくのわしの計画も水の泡《あわ》だ。研究所の中を隅から隅まで、捜索《そうさく》して、あいつらの居所を探しだせ」
 X号はかんかんになって、しきりにどなりたてたのである。
 まもなく、研究所の内部には、けたたましいサイレンの音が鳴りひびいた。
 ――非常警報《ひじょうけいほう》発令、非常警報発令――
 研究所にやって来た五人の少年は、恐《おそ》るべき敵のスパイであった。全力をあげて、彼等の行方《ゆくえ》をさがしだせ。万一ていこうしたならば、即座《そくざ》になぐり殺してさしつかえない――
 このような恐ろしい命令が、ラウドスピーカーから、研究所の建物中にひびきわたった。もちろん、この研究所の中には、ほかに人間はだれもいないのであるから、この命令はこの研究所ではたらいている機械人間にあてて出されたものである。
 そのうちに、機械人間Z16号から報告があった。X号の部屋のラウドスピーカーから、このようなことばが聞こえて来たのである。
「Z16号報告。実験室から地下工場へ通ずるエレベーターの報告によりますと、ゆうべおそく、五人の子供は、地下十六階へおりたそうであります。ただしその後あがって来た形跡はありません。報告おわり」
「さては、あいつら、わしのあとをば、つけおったな。どうするかおぼえておれ」
 X号は手をふり足をふって、部屋の中をあばれまわっていた。そしてマイクロホンに近づくと、
「地下十六階の全員に命令。五人の少年は、ゆうべそこへおりていったことが判明した。おそらくまだそのままそこに残っているものと思われる。隅《すみ》の隅まで調べだして、わしの前までひきずりだせ」
 このようなおそろしい命令をくだしたのである。
 ところが、地下十六階からは、ぜんぜんなんの報告もなかった。


   地底の闘い


「地下十六階、地下十六階、Q37号はどうしている。Q28号はどうした……」
 X号はマイクロホンに向かって、どなりたてたが、地下十六階からは、ぜんぜん何も聞こえて来ない。
 X号も、さすがに不安になって来たのだ。
「Z27号、おまえはいまどこにいる」
「はい、地下十二階におります」
 ラウドスピーカーから機械人間の声が聞こえた。
「地下十六階から、なんとも返事がないんだが、どうしているのか、おまえ行ってしらべてくれ。ゆうべ、五人の少年が、しのびこんだような形跡があるが、谷博士と連絡をとられたら一大事だからな」
「はい、行ってまいります」
 だがいくら待っても、Z27号からもなんの返事もなかった。
「ええ、なんとたのみがいのないやつらだ。そんなことなら、わしが行くわ」
 X号は、こうして待ってはいられなくなったのであろう。護衛の機械人間五人ばかりをひきつれて、地下十六階へおりて行ったのであった。
 ところが、これでは返事がなかったのも道理《どうり》である。地下十六階は、もともと一番底の階なので、倉庫があるだけで、そこで働いている機械人間の数もすくなかったが、その機械人間が一人のこらず、むざんな最後をとげていたのである。
 といっても、人間とちがうのだから、絞《し》められたり、刺しころされたり、頭を割られたりしているのではない。
 火焔放射器《かえんほうしゃき》で、頭の中を焼ききられて、身動きできなくなっていたのであった。これらの機械人間は、X号のように高級の電臓を持っているのではなく、ただ簡単な動作と会話ができるだけであって、それを操縦しているのは、地上の七階にある、自動調節装置《じどうちょうせつそうち》からであった。この機械から特殊な電波を一つ一つの機械人間に送って、この研究所に働いている千人あまりの機械人間を、自由に動かしていたのである。
 そんなものだから、こうして頭の中にある、電波の受信装置《じゅしんそうち》を焼ききられてしまうと、機械人間は、鉄屑《てつくず》のかたまりのようになって、なんの役にも立たないのである。
「おや、いったいだれが、こんないたずらをしたのだろう。これはけしからん。あの子供ら、なかなかあじなことをしおるわい」
 X号は口の中で、ぼそぼそとつぶやいた。いまこの階へ、命令をうけて、やって来たばかりのZ27号も、頭をとかされて、完全にのびてしまっていたのであった。
「おまえらはさっそく、ここをくまなく捜査して、この下手人《げしゅにん》をさがしだせ。しかし、ゆだんはするな。ゆだんをすると、Z27号みたいなことになるぞ。まだ犯人は遠くへは行かぬはずだ」
 X号は大声に叫んだ。
 さて機械人間は大急ぎで四方へ散って、血まなこであちらこちらを探しまわった[#「まわった」は底本では「まった」と誤植]が、この時には、この階には、人間はおろか、機械人間の影さえ見あたらなかったのである。
「先生、もうどこにもなんにも見つかりません。きっと上へ逃げたんでしょう」
 一人の機械人間が帰って来て報告した。
「いや、そんなはずはないよ。エレベーターも、階段も、機械人間以外にはぜったいにあがりおりしたものはないといっている。まさか、消えてなくなるわけはないではないか」
 一人の機械人間が、ふんがいしたようにことばをかえした。
「おかしいな。この階で鍵のかかっている所はないか」
「サルの部屋に鍵がかかっていて、その鍵がどうしたのか見えません」
「ははあ、分かった。あいつらはその部屋へ逃げこんで、中から鍵をかけおったな。みんなこの扉を叩《たた》き
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