だが、そこはまるで押入《おしい》れのようなせまい穴で、右も左も前も上も下も、みな行きどまり、どこへ行きようもなかったのだ。
「戸山君、これはだめだよ。きっとちがうところへはいったんだ。このとおり、中には何もないじゃないか。出ようよ」
「いや、きっとここには何かあるはずだ」
そのことばが終るか終らぬうちだった。
「あなたがたはどこまで行くのですか」
どこからともなく、ひくい声が聞えて来たのである。
「谷博士のところへ行きたいんだ」
戸山少年は、どきょうをきめて、元気よく答えた。
「それでは戸をしめてください。ここをしめてもらわないと、私は動けませんよ」
だれが話しているかは知れないが、人間のものとは思われなかった。
ここまで来てひっかえしては、かえって怪しまれることになる。だがまぐれあたりで、壁の扉はひらいたものの、扉をしめる合言葉までは知らないのだった。だが、「ひらけゴマ」ということばで扉がひらいたのだから、あのアラビアンナイトの中の文句どおりに、「とじよゴマ」といって見たらどうだろう。
こう思った戸山少年は、手をあげて叫んだ。
「とじよ、ゴマ!」
その瞬間、音もなく、壁はまたもとのようにぴたりととじた。そしてその小さな部屋はたちまち、矢のように下におりはじめた。
エレベーターだ。この部屋はそのまま、エレベーターになっていたのだ。そしてさっき話しかけたのは、このエレベーターだったのだ。
何十メートル、いや何百メートルくだったのだろう。いつのまにか、建物の下の丘の中には、こんな深い穴が掘られてあったのだ。
五六分もすぎたころだろうか。エレベーターはしずかにとまった。
「はい、着きました」
こんどは何も合言葉をいわなくても、目の前の壁はしずかにひらいた。そして五人の目の前にはせまい廊下がつづいていた。
人かサルか
五人がその廊下へ出ると、うしろの壁は、音もなくとじた。
さて、これからどこへ行ったらよいのだろう。廊下の両がわには、いくつも部屋が並んでいるが、博士がどこにいるかは、ぜんぜん分からなかったのだ。むやみに扉を開けてまわるわけには行かないし、それにまた、扉がかんたんにひらくかどうか疑問である。
だがこうしていても、しかたがないから、ためしに一番手前の扉の引き手を廻してみると、扉は手ごたえもなくすーッと開いた。しかし鍵がかかっていないだけあって、中は空、何もはいってはいないのである。
「この部屋はだめだね。何もないよ」
「それでは別な部屋を探そうや」
戸山少年は先に立って、部屋を出ようとするほかの少年をおさえて、廊下の様子をのぞいたが、思えばこれがよかったのだった。
その時、右がわの三番めの部屋から、谷博士がぷんぷん怒ったような顔をして、ポケットに手をつっこんで出て来たのである。
もし五人がここで見つかったら、どんなひどい目にあったかも知れないだろう。だが博士は、この部屋に五人の少年が、かくれていることには気がつかず、エレベーターの方へ行ってしまったのだった。
「しまった。みんな、たいへんなことになったよ」
さすが元気にみちみちた、戸山少年も、その時はぞッとしたのである。
「どうしてなんだい」
「だって、博士がエレベーターへ乗って、上へあがってしまったろう。そして博士が実験室へ出てしまったら、エレベーターは上へあがりきりになるんだから、ぼくたちは帰るわけには行かないじゃないか」
なるほど、このエレベーターは、ボタンをおすと、ちゃんとその階まで、あがったりおりたりするような、ありふれたものとはちがうのである。
「こまったな」
「みんなどうする」
五人が頭をあつめて相談しても、これという名案は浮かばなかった。
「戸山君が、あんまりむちゃなことをやりだすから、こんなことになるんだよ」
「そんなことをいったって、いまさらどうにもしようがないよ。ここまでせっかく来たんだから、博士の出てきた部屋には何があるか、まずそれから探ることにしようじゃないか。そのうちには、また名案も浮かぶだろう」
五人は部屋から飛びだして、いま博士の出てきた部屋の扉の前に忍《しの》びよった。扉の引き手を廻すと、さいわいにこれにも鍵がかかっていない。きっと、まさかここまで来る人間はあるまいというので、博士もゆだんをしていたのであろう。
部屋の中には、大きな檻《おり》が一つおいてあるだけだった。そしてその檻には、大きなサルが一匹動きまわっていたのである。
日本ザルではなく、オランウータンかチンパンジーの類かと思われたが、そのサルは五人の顔を見ると、とたんに檻の中で飛びあがった。そうしてうれしそうに、涙をぽろぽろとこぼしていたのである。
「おや、へんだね。サルが泣くなんてことがあるのかしら」
「きっと、目にごみか何かが、はいったんだよ」
「しかし、博士はこの部屋で、サルを相手に、いったい何をしていたんだろう」
少年たちが、部屋の中を、きょろきょろと見まわしていた時だった。どこからか、「戸山君」と、少年の名を呼ぶものがあった。
「おや、だれか、ほくの名まえを呼んだかね」
「だれも呼ばないよ」
「へんだね。気のせいかしら」
「戸山君、ぼくだよ。ぼくが分からないかね」
なんとなく、聞きおぼえのあるような声だった。だがどこから聞こえて来るかは分からない。
「戸山君、わかった。わかったよ。このサルが、君の名まえを呼んでるんだよ」
一人の少年がおどろいたように叫びをあげた。ほかの少年も思わず、ふりかえって、檻の中のサルを見つめた。
「そうだ。やっと気がついたかね。よく助けに来てくれたね。ぼくだよ。ぼくが分からないかね」
サルは鉄の格子《こうし》にすがりついて、気が変になったようにわめきたてているのだった。
「早くここから出してくれ。そうしないと、たいへんなことがはじまるんだ。早く、早く、この檻を開けてくれ」
「あなたはいったいだれなのですか」
戸山少年は、恐《おそ》るおそる、このサルにおうかがいを立てたのである。
「ぼくは谷だよ。X号のために、こんな目にあわされたんだ」
サルの答えは、五人の少年を、心から震《ふる》えあがらせたのだった。
谷博士のものがたり
「あなたは、ほんとうに谷先生なんですか。それでは、いまここから出ていった、谷博士はいったい何者でしょう」
戸山少年は、うんとおなかに力をいれて、十分念をおしたのである。
「わからないかね。君たちは、あれがX号の化《ば》けていることに気がつかなかったのかい」
サルは檻の中で、じだんだふんでくやしがっている。
「でも、先生は、目をわるくして、ぼくたちの顔をごらんになったことがなかったでしょう。それによく、ぼくたちだということが分かりましたね」
何しろ、いままで何度もだまされているので、戸山君もなかなかゆだんをしないのである。
「それはね、目は見えなくても、君たちの声はちゃんとおぼえていたし、それにX号が、君たちがこの研究所に来ていることを話してあったから、君たちがこの部屋へはいって来たときには、ちゃんとけんとうがついたんだよ」
サルは怒《おこ》ったようだった。
「よく分かりました。だけど、この檻はどうしてあけたらいいのです」
「となりの部屋に、鍵がおいてあるはずだから、それをさがして来てくれたまえ」
戸山少年は、あわてて部屋をとびだして、となりの部屋をさがしたが、あいにくそこには鍵はなかった。ただそこにも大きな檻があって、中には谷博士と同じ種類のサルがぐうぐうと大きいいびきをかいて、眠っていたのである。
「先生、鍵はどうしても見つかりませんでしたよ」
戸山君は、さっきの部屋へかえって、サル――いや本物の谷博士に報告した。
「そんなはずはないんだが――さてはX号が持っていったかな」
サルはばりばりと歯ぎしりをした。
「ところで先生、先生はどうしてこんな所にとじこめられたのです」
「それがね、ぼくもゆだんしていたんだ。X号がぼくを病院からさらって逃げたことは、君たちもよく知っているだろう。ところが君たちが、ぼくに化けたX号をにせ者だと見やぶって、この研究所を襲撃したので、X号は火辻軍平のからだにはいっていては危険だと思ったんだね。それでぼくを殺して、ぼくのからだの中へはいりこみ、君たちの目をごまかしたんだ。そしてぼくの脳髄《のうずい》だけを、このサルのからだに移して、あとでまた、役に立てようとしたんだよ」
「すると、となりの部屋にいたサルは……」
「あのサルも、ぼくのからだと同じ、人工《じんこう》のサルだよ。ただむこうは、サルの脳髄しか持っていないし、こちらは人間の脳髄を持っているだけのちがいだよ」
「それでX号は、これからどんなことをやりだそうというのです」
「あいつは恐ろしいやつなんだ。智恵の力はふつうの人間とは、くらべものにならないくらいすぐれているが、感情だの、道徳《どうとく》だのというものは少しも持ってはいないんだ。あまり自分の力がすぐれているんで、あいつはこのごろでは、少し増長《ぞうちょう》して来たらしく、地球上の人類を全部殺してしまって、自分らがそのかわりにとってかわろうとしているんだ」
「そんな恐ろしいことが、ほんとうにできるんですか」
少年たちは、恐ろしさにがたがたとふるえていた。
「できる。X号にならできるとも。君たちは、この地下室をなんだと思うかね」
「さあ、ぼくたちには、よく分かりません」
「X号の秘密工場だよ。あいつは、いつのまにか、機械人間の力をかりて、この三角岳《さんかくだけ》の地下に、十六階の地下工場をつくりあげた。ここはその一番下の階なんだが、この上の十五階の一つ一つでは、ものすごい物ばっかりがいま作られている。
ぜったいに防ぎようのない、伝染病《でんせんびょう》のばいきんだとか、なんの臭いもしない猛烈な毒ガスだとか、いまの人間の力ではまだ完成されていない、すごい威力を持った原子爆弾だとか。さいわい、この工場は、一週間ほどまえにできあがったばかりで、まだそんなものの大量生産にはうつってはいないが、もし一月もほうっておけば、その時は地球上の全人類が滅亡する時だよ」
なんと恐ろしいものがたりだったろう。少年たちのからだは、木の葉のように震《ふる》えていた。どうしても、これはこのままにしておくことはできない。どんな方法をとっても、このX号の野心は粉砕《ふんさい》しなければならないが、さてその方法は――
五人は、またしてもはっ、とかたずをのんだ。うしろの扉が音もなくひらいて、一人の機械人間がはいって来たのだった。
ふしぎな機械人間《ロボット》
五人の少年は、その機械人間の姿を見たとき、思わずぞっとしたのだった。精巧《せいこう》な機械の力で動く、この機械人間の恐ろしい怪力《かいりき》は、少年たちも毎日のように、自分らの目で見ていたのである。そして機械人間はすべて、にせの谷博士の命令には、ぜったい服従《ふくじゅう》して動くのだった。自分たちが、こうして地下室へ忍びこんで、サルになった本物の谷博士と話をしているところなどを見られたら、とうてい命はあるはずがない!
しかし、この機械人間は、五人めがけてとびかかるような気配《けはい》はなかった。
「戸山君、君たちはここでいったい何をしているんだね」
その声には、機械人間に特有の、きいきいとした金属的な音ではなく、ふつうの人間の声のような、やわらかさがあった。
「べつに……何も……」
「早く、自分の部屋にかえりたまえ。こんなところでうろうろしているところを、博士に見られたらたいへんだ。みんな殺されてしまうよ」
そのことばにも、機械人間《ロボット》とは思えないような、同情の調子がみなぎっている。
「君、君はいったい何者だね」
檻《おり》の鉄棒につかまって、ものすごい目で機械人間の方をみつめていた、サルの谷博士が、がてんがいかないというふうにたずねた。
「おや、このサルは口をきくんだね。そういうおまえこそいったい何者だ」
機
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