知った。
なにか秘密の実験を始めるのに違いないと思われた。
少年たちは、かねてそういうこともあろうと思って、その実験室の中を、二部屋向こうからのぞくことのできる屈折式《くっせつしき》の望遠装置《ぼうえんそうち》を作っておいた。その夜、これが始めて役に立ったのである。
その望遠装置を通して、少年たちが見たものは何であったろうか。
それは身の毛もよだつような光景であった。谷博士がまっ裸《ぱだか》となり、そして高圧電気の両極の間に逆《さか》さにぶらさがって、ものすごい放電《ほうでん》を頭にあびせかけているのだった。博士の顔は、赤鬼のようになって輝き、頭髪は一本一本、針山のように逆立《さかだ》ち、博士の全身の筋肉は、蛇のむれのようにひくひくと痙攣《けいれん》しているのだった。
「あッ、おそろしい。ぼくは、もう見ていられないよ」
「なぜだろう。なぜあんなことをされているのだろう。だれが谷博士を、あんな目にあわせているのだろう」
少年たちには、この地獄のような光景が、どうして演ぜられているのか、見当がつかなかった。
妖怪博士《ようかいはかせ》
ところが、谷博士は何も悪者のために、こんな恐ろしい目にあわされているのではなかったのである。
広い実験室には、博士のほかに、人一人見えはしなかった。ただ一人の機械人間《ロボット》が、機械の前に立っていただけであった。
しかし、ふつうの人間ならば、百万ボルトの高圧電流を頭にあびては、一分、いや一秒でも、生きていられるはずはないのに、博士は平気で、にたにたと悪魔のような笑いを浮かべているではないか。
しかも博士は、高い天井《てんじょう》から吊《つる》したロープの端の輪に両足をかけ、機械体操の要領《ようりょう》で、さかさにぶらさがっているのである。
そのような恐ろしい放電は、六分ぐらいつづいた。
「もうよかろう、電気をとめてくれ」
博士はひくい声でうめいた。
「先生、もうよろしいですか」
機械人間は、念をおして、機械のスイッチを切った。
実験室の中は一瞬、深い暗闇《くらやみ》に包まれたが、これはどうしたことだろう。博士の全身は夜光虫《やこうちゅう》のように、ボーッと青白い光りを放ち、髪の毛は針ねずみのように逆立《さかだ》って、その一本一本からは、ぱちぱちと音を立てて、ものすごい火花が飛んでいるではないか。
「一……二……三……」
博士は、ひらりと宙を飛んで、空中でとんぼがえりをすると、床の上にまっすぐ降り立った。
「ああ、これでやっとせいせいした。たまには電気をかけないと、どうも疲れてやりきれないよ」
まるで、あんま[#「あんま」に傍点]かマッサージでも、してもらったというように、博士はにやにやと笑って、腕に力こぶを作り、二三度深呼吸をしていたのであった。
「おい、あの五人の少年は、もう寝たかね」
博士はタオルで、からだの汗をぬぐいながら、機械人間にたずねた。
「はい、もう部屋にかえって寝たと思いますが、見てまいりましょうか」
「きょうはおそいから、もういいよ。しかしあの五人の行動にはちょっとふ[#「ふ」に傍点]におちないところもある。あすからあの部屋に、電臓《でんぞう》をしかけて、その行動をいちいち報告させるようにしてくれ」
「はい。かしこまりました。何にしかけましょうか」
「テーブルか、壁か、そうだ。壁がよかろう。むかしから壁に耳あり、というからな。はっはっは」
博士は、自分のしゃれ[#「しゃれ」に傍点]が、愉快でたまらないというように、両手をひろげて、大声で笑った。
「おい、着物をくれ」
「はい……」
機械人間は、そばのテーブルの上においてあった博士の着物をとって渡した。じつにべんりな機械である。人間ならば、こんな真暗闇《まっくらやみ》の中では、何も目に見えないし、一歩も歩けはしないのに、この機械人間は、ちゃんと迷いもせずに、歩いたり、品物を見つけたりするのである。
「サルはどうしている。食物はよく食べているかね」
「はい。どうしておれを、こんな檻《おり》の中へ入れるんだ、などといって、大あばれにあばれておりますが、大丈夫ですよ。くたびれて寝てしまったようです」
このふしぎな場所では、機械人間ばかりか、ふつうの動物や植物、いや生命を持たない道具までが、動いたり、話したりするのであったから、サルが話をするというのも、けっしてふしぎはないのであるが……。
「では、あすの準備はよろしくたのむ」
「承知しました」
「それでは寝てよろしい」
「お休みなさい」
機械人間はピョコリと腰をかがめて一礼すると、扉を開けて、廊下へ出て行った。
「さあ、寝る前に、いっぺん、サルにあいさつをしておこうか」
博士は、ぶきみな笑いを、唇のあたりに浮かべると、実験室の壁の前に立って片手を高くあげ、大声で叫んだ。
「ひらけ、ゴマ!」
これはどうしたことだろう、何もなかった白壁《しらかべ》には、ポカリと畳一畳ぐらいの大きな穴があいたではないか。博士のからだは、音もなくその穴の中へと、吸いこまれて行った。
「とじよ。ゴマ!」
中から聞こえる声とともに、壁の穴は、また音もなく、もとのようにとじてしまったのであった。
恐ろしい疑い
一方、五人の少年は、望遠装置にうつった、博士の恐ろしい姿に、すっかりおどろいてしまったのである。
「戸山君、いったい博士はどうしたのだろうね。どんな悪者のために、あんな目にあわされているのか知れないが、みんなで助けに行こうじゃないか」
「うん……」
そういいながらも、戸山君は、望遠装置からはなれようとはしなかった。
「戸山君、どうしたんだい。早く行こうよ」
「君たち、これはたいへんな話だよ。ちょっとあわてずに待ちたまえ。いったいあれはほんとうの谷博士かしら」
「そんなこと、あたりまえじゃないか。谷博士でなかったら、だれだというんだい」
「もしかしたら、……X号が博士のからだの中にしのびこんで……」
このおそろしい想像に、少年たちは冷水をあびせかけられたように、震《ふる》えあがってしまったのだった。
「どうして……どうして、そんなことがわかる」
「だって、君、ふつうの人間なら、百万ボルトの電流を頭にかけられたら、一分一秒でも、生きていられるわけがないじゃないか。それだのに、博士はにやにや笑っている。ほんとうの博士なら、どんなに不死身《ふじみ》だって……」
だれも答えるものはなかった。
「いつか博士はぼくたちに、病院で、X号のことを話してくれたね。博士が作った人工生物、電臓《でんぞう》は、三千ボルトという高圧の電気をあびて、はじめて生命力を持ったんだ。そして初めは、機械人間のからだの中にはいっていた。それから火辻軍平《ひつじぐんぺい》の死体の中へはいりこんだ……」
四人はがたがた震えていた。
「そんなことができるくらいなら、X号が谷博士を殺して、その屍体《したい》の中へはいりこみ、われわれの目をごまかすことも、ちっともむずかしいことはないだろう。そうだよ。きっとそれにちがいないとも。それだから、ああして百万ボルトの電流をあびても、平気で生きていられるんだよ」
「そうかも知れないね。だけど、それではぼくたちは、どうすればいいんだい」
「X号というのは、どんなことを考えているのか。ぼくたちにはまだよく分らない。だが、こうしてこのあたりが、まるでお化《ば》けばかり住んでいるような、ふしぎな国になっているのは、X号が何かをたくらんでいることをものがたっている。これはこのままにはしておけないよ」
「それではどうすればいいんだね」
「なんとかして、X号の秘密を探りだして、みなに報告するんだ」
「どうして探るんだい」
「うーむ。それはね……」
さすがの戸山少年も、その方法には、ちょっと困った様子であった。何しろこの建物の中では、机が動きだすかも知れず、壁に耳があるかも知れないので、何一つゆだんはできないのであった。
その時である。廊下にことことという足音が聞こえて来た。人間の足音ではない。機械人間が、廊下を一人で歩いているのだ。
「やはり機械人間だよ。実験室からこちらへ歩いて来た」
扉を細目にあけて、のぞき見をしていた、少年がふりかえってささやいた。
「するとさっき望遠装置にうつった機械人間だな……」
戸山少年は、何かしきりに考えこんでいた。
「おや、何も見えなくなったよ。実験室は真暗《まっくら》になって、もう博士の姿は見えないよ」
望遠装置をのぞきこんでいた一人の少年が、おどろいたように叫んだ。
「それじゃあ、実験はすんだんだね」
戸山少年は、唇を血の出るようにかみしめて、しきりに首をひねっている。
「ちょっと、便所へ行くふりをして、様子を見てくるよ」
戸山少年は、みなのとめるのをふりきって、廊下へとびだしたが、まもなく帰って来てふしぎそうにいいだした。
「どうしたのか、実験室の戸は開いているし、中にはだれの姿も見えない。しかし、たしかに博士はあの部屋から出たはずはないから、どこか秘密の抜け穴がつくってあるにちがいないよ。みんなでその秘密をさぐろうじゃないか」
「うん、ではみんなで行ってみようよ」
この中で、どんな恐ろしい目にあうとも知らず、五人の少年は、足音をしのばせて、まっくらな実験室の中へしのびこんだのだった。
ひらけゴマ
実験室の中には、人間一人いなかった。壁のスイッチをひねっても、部屋の中には、大きな放電装置と、いくつかの機械が並んでいるばかり、博士はこの部屋から出て来たはずはないのに、今その姿はどこにも見えないのだ。
「まさか、いくらX号だといって、消えてなくなるわけはないだろうにね」
この少年たちは、谷博士を、X号の化けたものときめこんでいるのだった。
「いや、きっとどこかに、秘密の抜け穴があるんだよ」
「でも、それなら、なんだよ。壁なり床のどこかに接ぎ目がありそうなもんじゃないか。このとおり、床は厚いコンクリートだし、壁もそのとおり、探すだけ、むだだぜ」
「そんなのあたりまえの考えかたさ。ここの建物は、まるで化物屋敷《ばけものやしき》だから、どこにどんなかくし戸や抜け道があるかも知れないよ」
戸山少年は、あくまで自分の考えをすてようとはしなかった。
だがいくら壁をたたき、床をはい、機械や戸棚のかげや下を探しまわっても、そんな抜け穴は、どこにも発見できなかった。
「とてもだめだよ。もしそんなものがあったとしても、ぼくたちにはぜったいに見つからないようになってるんだろう」
少年たちは、もうすっかりのぞみをなくした様子《ようす》であった。
「ちぇッ、残念だなあ。どこかにあるにはちがいないんだがなあ。むかしのアラビアンナイトというおとぎばなしなら、こうして立って壁へ向かって、何か呪文《じゅもん》をとなえると、大きな岩が動きだして、宝のかくし場所への道がひらくんだぜ」
「どんなふうにするんだい。やってごらんよ」
「あの呪文はなんといったっけな。そうそう、たしかひらけゴマと叫ぶんだよ……」
「あッ、戸山君、壁が、……壁が動きだしたよ……」
少年たちは顔色をかえて、身ぶるいしながらたがいに身をすりよせた。それもそのはず、戸山少年が、ひらけゴマ、という合言葉《あいことば》を口走った瞬間、目の前の壁がぽかりと音もなく、大きな口をあけたのだ。
「これだ。これだったんだ。あの物語と同じようにひらけゴマといえば、秘密の通路への入口がひらくんだよ」
「じゃあ、どうする」
「このままにしちゃおけないよ。いったんこうして入口が見つかった以上、最後の最後まで博士の秘密を見やぶってやろうじゃないか」
「よし、では行って見よう」
戸山君のほか四人の少年は、恐ろしさにいくらか二の足をふんではいたが、戸山少年があまり元気がよかったし、X号の秘密を見やぶってやろうという好奇心《こうきしん》でいっぱいで、この中にどんな恐ろしいものが、かくされているかなどということは少しも考えずに、壁の中へとふみこんだのだった。
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