理《こうちせいり》が行われた。それと同時に、すべての農具も農業も、機械化された。つまり、耕地は一度みんな一つにして考え、次にそれを機械農具で耕作するのにつごういいように再分割《さいぶんかつ》された。だから、まがった畦《あぜ》を持った耕地はなくなり、また妙な複雑な形をした耕地もなくなった。
 だから耕作は二重三重にらくになり、収穫《しゅうかく》は桁《けた》ちがいに増大した。農民たちの働く時間はすくなくなって、自分が自由に使える時間がたくさんできた。その時間を、農民たちは、楽しく音楽の練習に使ったり、読書に利用したり、工作に興《きょう》じたりした。
 ある家では、そんなにたくさんの家族が、耕作にあたらなくてもいいというので、若い人たちを都会へ出して、工業方面で働かせることにした家もある。
 水をひくこと、太陽熱を利用すること、電気栽培《でんきさいばい》のこと、通信機を備えつけること、運搬用《うんぱんよう》の自動車やヘリコプターを備えつけることなど、これを一つ一つ説明していったら、たいへんな紙数がいるので、ここにはくわしくのべないことにする。
 谷博士は、村がすっかりりっぱになったあとで、こんどは研究所を改築した。それはこれまでのものにくらべて、たいへん大きなものであった。地上から上まで、二十四階もあった。地階は十階だというが、それよりもっと深いといううわさもあった。そしてこの建物は異様《いよう》な形をしていて、だれも一度見ると忘れられない。しかし、村民の中には、こんどの研究所の建物の形が、どうも気味がわるくてならない、やっぱり前のきちんとした塔の方が、感じがよかったという者もあった。
 とにかく、この塔を中心にして、この三角岳地方は、都会にもまだ見られないほどのすごい機械文化都市が建設されたのであった。そしてなおおどろくことは、これらがわずか半年のあいだに完成したのであった。
 谷博士は、毎日五百体の機械人間を使ったということだが、もちろんそれは原子力を利用して、仕事の分量《ぶんりょう》も、ふつうの人間には見られないほど大きかったというものの、とにかく、この谷博士の仕事の手ぎわをまねできる者は、ちょっとなかろうと思われた。
 博士は、それだけで仕事をやめはしなかった。最新の科学技術を利用して、奇抜《きばつ》な計画を進めていった。それはどんなものであったか、章をあらためてお目にかけよう。


   ものいう木


 ふたたび夏休みが来た。
 登山者は一日一日多くなった。
 三角岳の機械都市のことは、ほうぼうにまで鳴りひびいて、学生たちは、今年の夏はぜひそれを見学しようというので、足をこっちへ向ける者が多かった。
 山田《やまだ》君と君川《きみかわ》君という大学生が、やはり三角岳を志《こころざ》して登っていった。
 ところが二人は、あまりふざけちらして歩いていたので、とうとう道を踏みまちがえてしまった。太陽の輝《かがや》いている方向が、どうも自分たちの考えている方角と違っているのだった。あわてて地図をひろげて探したが、地図と現在の位置とが合わない。すっかり心細くなってしまった。太陽もだいぶん下へさがっている。へたをすれば、この山の中に野宿《のじゅく》しなくてはならない。
「困ったねえ、どこへ迷《まよ》いこんだのだろう」
 と、山田君がなげいた。
「もう研究所の塔が見えていいはずなんだが、さっぱり見えやしないよ。いったい、どっちへ行ったら三角岳の研究所へ出られるんだか、どうしたら知れるだろうね」
「さあ、分からないねえ」
 二人が困りきって、ともにしぶい顔になったとき、どこからか、人の声が聞こえた。
「もしもし、あなたがたは三角岳の研究所へいらっしゃるんですか」
 それは美しく澄《す》みきった若い女の声であった。二人は顔を見あわせた。
「だれかが、ぼくたちに話しかけたじゃないか。だれだろう。どこにいるんだろう」
「ぼくも声は聞いたが、あたりには、ぼくたち二人きりで、ほかにだれもいないじゃないか」
「じゃあ、気のせいかな。だれかに道を教えてもらいたいと思うものだから、村の人の声が聞こえたように思ったのかしらん」
「それにちがいない」
 すると、再びその美しい澄みきった女の声が聞こえた。
「もしもし、それなら、あなたがたは道をまちがえていらっしゃいます」
「ははア……」
 二人は顔を見あわせて、あたりをきょろきょろ。しかしやっぱり自分たち二人のほかに、何者の姿も見えない。目につくのは、すこしうしろの道ばたに、一本の大きな木が立っているだけであった。
「もしもし、あなたがたは、ここから道を八百メートルばかり引きかえすのです。すると地下壕《ちかごう》の中にはいります。そこであなたがたは、一階上にあがるのです。そして4と書いてある方向標《ほうこうひょう》を見つけ、その方向へどんどん歩いていらっしゃれば、まちがいなく、三角岳研究所の下へでます。お分かりですか」
「どうもありがとう」
 二人の大学生は、話の途中で、その声がうしろの立ち木の中から聞こえてくるのに気がついた。二人はその前まで行って、木を仰《あお》いで礼のことばをいった。ふしぎなことだった。
「失礼ですが、お嬢さんは、どこにいて、われわれを見ていられるのですか。お嬢さんの声が、この木にとりつけてある高声器《こうせいき》からでて来ることは分かっていますがね」
 と、山田君は、立ち木に話しかけた。彼の考えでは、遠くの場所に、そのお嬢さんが望遠鏡を持って、こっちを見ており、道に迷った人を見つけると、電話のスイッチを入れ、電話装置でわれわれに話しかけるのだと思った。
「私は、ここにいます。あなたが見ていらっしゃる一本の立ち木こそ、私の姿です」
 女の声は、そういった。しかしそんなばかばかしいことを、大学生たちは信じかねた。木が人間の声をだすなんて、おとぎばなしだ。
「ほほほ、私のいうことを、うそだと思っていらっしゃるのね。では、もっとはっきりお分かりになるように、私は動いておみせしますわ。あなたがた、どうぞこちらの方へ、道を引きかえしていらっしゃってください」
 そういう声とともに、その立ち木は枝をぐっと曲げた。それは人間が、腕をさしのばして道を教える恰好《かっこう》と同じに見えた。
「たははは」
「うふふふふ」
 二人の大学生は、その場に腰をぬかしてしまった。彼らは、山の中で、お化《ば》けの木に出あったと思ったからだ。この次は、二人ともこのお化けの木にたべられてしまうだろう。
「ほほほほ」と、お化けの木は、枝をゆるがして葉をさらさらとふるって笑った。
「ここは、三角岳のメトロポリスです。あなたがたは、ここへいらっしゃったら、世界第一の文化都市へ来たとお思いにならないといけません。私たち路傍《ろぼう》の立ち木にも、人間の脳髄と同じような考える器官もあれば、発声の器官もあるのです。これはみんな市長の谷博士がこしらえて、私たちにつけてくだすったのです」
 大学生はおどろいて、引きかえした。立ち木が人と同じような感覚を持っているなんて、そんなことがあっていいだろうか。もっとも谷博士の人工電臓《じんこうでんぞう》のことを知っている者なら、それがうそではないと思うだろう。
「この三角岳メトロポリスには、われわれ木のほかに、昆虫《こんちゅう》、鳥、小さい獣《けもの》、石などにも、人間と同じように考えたり、お話をうけたまわったり、ご返事できる者が、たくさんいるのですよ」
「ふしぎだ。それはいったい何のためです」
「生化学の研究が、生命と思考力《しこうりょく》を持った電臓を作りあげることに成功したのです。これによって、あらゆる物品は、生命と思考力を持つことができるのです。谷博士のすばらしい研究です。こうして種あかしをしてしまえば、ふしぎでもなんでもありませんでしょう。ねえ、学生さん」
「ありがとう。では、お別かれします」
 大学生は立ち木に礼をいって、いそいでそこを立ちさった。こんなおそろしい目に出あったのは始めてである。二人は、三角岳研究所の見えるところまで来たけれども、研究所の建物の奇妙《きみょう》な形を見ると、おそろしさが急にこみあげて来て、そっちへ廻って行くのはやめにした。二人は、どんどん山をおりていった。


   地獄《じごく》の光景《こうけい》


 谷博士の評判は、一時大したものだった。それはこの三角岳村が、最新文化都市に生まれかわり、村人の生活が非常によくなったころのことである。
 ところが、その後になって、博士の評判は少しわるい方へ引きかえした。
 それは博士の作るものが、あまり奇抜《きばつ》すぎたためであった。村人にとって、ものをいう木や、いいつけた用事をしてくれる甲虫《かぶとむし》や、知らないうちに告げ口をする雀《すずめ》や、歌をうたうのが上手《じょうず》な柱などは、はじめのうちこそふしぎふしぎと手をうって、ほめたたえたけれども、それから時がたつと、そういうものには、どうしても親しめなかった。いや、親しめないばかりか、気味がわるくてならない。村人たちは、うっかりしたことがいえないのだ。いつどこに、スパイのような木や石や小動物がかくれているか知れないのであった。
 腰掛《こしかけ》に腰をかけて、仲よく二人の人間が話をしていると、その腰掛が、とちゅうで怒《おこ》ってしまって、あッというまに、腰掛は二人をそこへ尻餅《しりもち》をつかせて、どんどん部屋から逃げていってしまうのだった。
 そのかわりべんりなこともあった。さあ、引越《ひっこ》しだと主人が命令をすると、家中の道具が、自分で動きだして、移転先《いてんさき》の家まで歩いていくのだ。運搬用《うんぱんよう》のトラックなんか不用だ。しかしそのかわり、気味がわるいといったらないのだ。
「だんだん化けもの村になるよ。困ったことだ」
「気がいらいらして来てたまらない。昔の村はのんきでよかったね」
 そんな会話が、ひそかに村人のあいだにとりかわされるようになった。
 谷博士の行きすぎたやりかたが、こんなに評判をわるくしたことは明きらかだ。
 だが、当の谷博士は、こんなことを、行きすぎたこととは思っていない。博士は、もっともっとこの三角岳メトロポリスをべんりな世界にしたいと思って、さらにいろいろと研究と工夫を進めているのだった。
 例の五人の少年たちは、その夏、正式に谷博士の研究所で実習《じっしゅう》させてもらうことになった。そして今、研究所で起きふししている。九月の半ばごろまで、実習はつづくはずであった。
 はじめ少年たちが実習をさせてもらいたいと谷博士に申しこんだとき、博士はいい顔をしなかった。その場でことわった。しかし少年たちはあきらめないで、また申しこんだ。そうしてその結果、戸山君たちの望みは、かなえられたのだ。
 この少年たちが三角岳の研究所で寝起《ねお》きするのは、博士から、最新の科学技術の教えを受けるのが目的だった。しかしそのほかに、もっと少年たちが力を入れていることがあった。それは、かねて少年たちが胸の中にひそめていた不審《ふしん》を明きらかにすることだった。その不審とは、読者諸君もごぞんじのように、谷博士の人がらがどうしても気になってしようがないことだった。
 博士は、姉ガ岡病院で、目の療養《りょうよう》をしているころまでは、戸山君たち五少年が、ほんとうに心から親しめる博士だった。ところが、博士がX号に誘拐《ゆうかい》せられて、この研究所へもどって来、そしてその両眼《りょうがん》がはっきり見えるようになって以来、博士はたいへん元気になったけれど五少年には親しみにくいものとなってしまったのだ。
 少年たちは、かたい約束をして、博士の正体をくわしく調べることになった。そして五少年が研究所で探偵みたいなことをしていることは、博士にさとられないように、深い注意を払うことになった。
 少年たちはひそかに博士の日常生活に目を光らせていたのだ。
 あるとき、少年たちは、博士が夜になってすべての扉に厳重《げんじゅう》に鍵をかけこんだのを
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