扉か[#「か」は底本では「が」と誤植]、望みかなう扉か、扉に力が加えられた。扉はかるくひらいた。「それッ」と一同はとびこんだ。あッと目を見はるほどの宏大《こうだい》な実験室だった。
その部屋のまん中に、谷博士が椅子に腰をかけている。
「あ、谷博士だ!」
警官よりも少年たちが、先に博士の前へとんでいった。意外、また意外。
博士は荒縄《あらなわ》で椅子に厳重にしばりつけられていると思いのほか、博士をしばっているものは見えなかった。博士はしずかに椅子から立ちあがった。
「おお、君たちはわしを心配して、とびこんできてくれたのか。うれしいぞ」
博士は少年たちをむかえて、なつかしそうにそういった。
「谷博士、ここに来られた皆さんも、ぜひ先生を無事にお救いしなくてはならないと、危険をおかして来られたのです。こちらが氷室検事です」
「やあ、氷室さんですか。ご苦労さまです。あつくお礼を申します」
博士は手をのばして、検事と握手した。
「博士、目はどうされたんですか。繃帯《ほうたい》をとっておいでですね。もう目はお見えになるらしいですね」
戸山君が、さっきからふしぎに思っていることを、博士にたずねた。
「ありがとう、目はすっかりなおったよ。もうよく見えるようになった。わしはうれしくてならない」
「それはよかったですね。おからだの方も、病院にいられたときとちがい、ずっと、お元気に見えますが……」
「はははは、わしの家へもどって来たから、元気になったんだね。やっぱり自分の家が一番くすりだ」
「ああ、そうですか」
博士と少年の話を、もどかしそうに聞いていた検事は、
「もし、谷博士。職権をもっておたずねいたしますが、ここに怪人がいたはずですが、今どこにおりますか。お教えねがいたい」
と、怪物X号の存在を質問した。
「おお、そのことじゃ。わしは、諸君につつしんで報告する。あの怪物は、わしの手でもってしとめたよ」
「しとめたとおっしゃるのですか。すると博士が怪人をとりおさえたといわれるのですか」
氷室検事は、博士のことばを信じかねた。
「そうですわい。お疑いはもっともじゃ。わしは諸君に、その証拠を見せます。それを見れば万事はお分かりになろう。こっちへ来たまえ」
博士はそういうと、うしろ向きになって、奥の方へ歩きだした。
それッと、検事は部下たちに目くばせして、博士のうしろに油断《ゆだん》なくついていかせた。検事自身は博士と並んでいく。
「怪人はどこにいるのですか」
「冷蔵室の中においてある。この部屋だ。今開ける」
それは大金庫の扉のような見かけを持って背の高い金属製の大扉であった。博士は扉の上の目盛盤《めもりばん》をいくつかまわしたあとで、ハンドルを握り、ぐッとまわして手前へ引いた。すると大きな扉はかるくひらいた。中からさッとひえびえとした気流が流れだして、検事たちの顔をなでた。
「大した低温《ていおん》ではないから、そのままおはいりなさい」
博士は先頭に立ってはいった。一同は気味わるいのをがまんして、うしろに従った。
中はたいへん広く、中くらいの倉庫ほどあった。博士はずんずんと奥へはいって、そこにある小部屋の引き戸をあけて、その中へはいった。がらんとした殺風景《さっぷうけい》な棚《たな》ばかりの部屋であった。その棚の一つを博士は指さした。
「ほらこれだ。これが君たちが探していた悪漢《あっかん》の死体だ」
怪人の死体とは!
なるほど、カンバスの布《ぬの》をかぶって棚の上に横たわっているのは、人間ぐらいの大きさのものだった。博士はカンバスをめくった。
「あッ、たしかに火辻軍平《ひつじぐんぺい》だ」
死刑囚だった火辻軍平のからだにちがいない。よく見ると頭蓋がひらかれ、脳髄のはいっていたところはからっぽだ。
「わしは、責任を感じています。わしの作ったX号という電臓《でんぞう》は、死刑囚火辻のからだを利用していたのだ。電臓はこの中にはいっていたのだ」
と、博士は、空虚《くうきょ》な頭の殻《から》の中を指さした。
「そのX号の電臓とやらは、どうしたんですか」
「うむ、それこそおそるべきものなのだ。わしはX号を高圧電気によって殺した。そして今は死んでしまったX号の電臓はここにしまってある」
そういって、別の戸棚をひらいた。そこには大きなガラスの器に厳重に密封せられて、脳髄のようなものが保存されていた。
「これが、氷室君たちを悩ませ、わしを苦しめた恐るべきX号の死体なんじゃ。もうこれで諸君も天下の人々も安心してよいのじゃ」
「ふーん、これがあのおそろしい力を持っていたX号の電臓ですか」
検事たちは、目をガラス容器に近づけて歎息《たんそく》をついた。人間の脳髄によく似ている。しかし色が違う。これはいやに紫がかっている。人間の脳髄は灰色だ。またこの電臓は人間の脳髄より一まわりも大きい。
「これで安心していいわけかな」
「どうだかなあ」
五少年のうちの戸山君がそっと首をふって横目で谷博士の顔をじろりと見た。
博士の悔悟《かいご》
「やれやれ、谷博士は無事にこの研究所へ帰って来られたし、おそろしい超人間X号は、息の根をとめられてしまったし、これで長いあいだの怪事件も、すっかりかたづきましたな。これでわしらも大安心じゃ」
村長の角谷岳平《かくやがくへい》が、そういって大きなため息をついた。
「いや、ほんとうに、みなさんにご迷惑をかけてあいすまんことでした。これからの私の仕事は、みなさんたちを幸福にするような方向へ進めて行くことを誓《ちか》います」
谷博士は、これまでの気むずかしい態度をひっこめ、悔悟した罪人のように、しおらしいことをいった。
氷室検事も、この場の調子に引きこまれたものと見え、
「まことにけっこうなことです。博士の方にも、また各村の住民諸君の方にも、今回の事件についてそれぞれ言い分はあると思うが、ここで水に流して、双方《そうほう》仲よくやってもらいましょう。どうか博士も、今後はあのX号のような、世間に迷惑をかける怪しいものを作らないように気をつけてください」
と、訓戒《くんかい》のことばをのべた。
「それはよく分かっています。あいすまんことでした。これからは、この土地がうんと栄えるように、私はすばらしい事業を起こそうと考えているのです。それが世間をさわがせた私のお詫《わ》びのしるしです」
谷博士は、涙をこぼさんばかりにして、そういった。
すこしはなれた場所に、五人の少年たちはかたまっていた。博士が、しきりにあやまっているのを聞いた少年たちは、おたがいの顔を見あわした。
「ねえ、谷博士は、いやにあやまっているじゃないか。あんなこと、あやまらないでもいいと思うんだがなあ」
「谷博士は、目があいてから、人がらがかわってしまったね。目が見えないときは、もっと気むずかしい人だったがね」
「目の見えていた人間が、急に目が見えなくなると、あんなにいらいらするものだ。その反対に、目があくと、たいへん朗らかになる。心持ちがゆったりとするんだよ」
「そうかしら。でもぼくは、あの気むずかしい博士の方に親しみが持てる」
「それはそうだ。どういうわけだろう」
「どういうわけだろうかねえ」
少年たちが、こそこそ、こんな会話をしているとき、谷博士の前へ、少女がつかつかと出ていった。もちろんこの少女は、例の山形警部だった。
「谷博士、私をもとのからだに戻してください。こんなふうに、少女の姿で、いつまでも置かれるのはかないませんよ。私は我慢をしますから、すぐ手術をしてください」
山形警部の電臓を持った少女は、そういって博士に訴えた。
これには、まわりに立っていた氷室検事をはじめ同僚や部下の警官たちも、大いに同情した。
「さあ、それはわしには自信がないのですがねえ」
と、博士は、困った顔をして見せた。
「なぜです。それはなぜですか、私をこんな姿にしたのは、博士、あなたじゃありませんか」
「わしではない。X号がやったのです」
「でも、あなたが指導しました。あなたが手術のやりかたをX号に教えなければ、私はこんなからだにかえられなくてすんだのです」
「わしは、X号に強《し》いられた。そしてX号はわしの脳の働きを盗んだ。憎《にく》いやつだ」
「だから、博士、あなたは、私をもとのからだに直すことができるのです。私のもとのからだは、あの冷蔵室にちゃんとそのままになって保存されています。さあ、早く、あのもとのからだへ私の脳髄を移しかえてください。博士、お願いします。私は、こんな女の子のからだで、これ以上生きていられません」
娘姿の山形警部は、泣いて谷博士に訴えた。
だが、博士は首を左右に振った。
「お気のどくには思うが、すべては、X号のやったことです。わしには、そんな乱暴な手術をする勇気がありませんわい。わしに、それをせよといっても無理というものだ」
博士は尻ごみをする。
山形警部は、博士にすがりついて、いよいよ気が変になったようになって頼みこむ。それを見るに見かねて氷室検事も口ぞえをして、博士に頼んでみた。
ようやく博士は、こういった。
「それほどいわれるならば、いつしかわしの気持ちが非常によくなり、からだの調子も上々の日に、思いきって手術をしてあげよう。それまではおとなしくして待ちなさい」
これだけの口約束《くちやくそく》が、山形警部をたいへん喜ばせた。彼はもとのからだに戻る希望を持てる身になったのである。
三角岳《さんかくだけ》メトロポリス
それ以来、X号の乱行は、まったく見られなくなった。
そうでもあろう、X号の本尊である電臓は、谷博士の手によって死刑囚火辻の遺骸《いがい》から取りだされ、そして活動を停止され、博士の冷蔵室の中に、厳重に保存されてあるのだ。
火辻の遺骸は、あのとき氷室検事の一行が引きとっていった。
これでもうX号の活動は完全にとまってしまったわけである。
谷博士は日ましに元気になっていった。そして博士があのとき氷室検事にちょっともらしたとおり、このあたりの村々を栄えさせるための空前《くうぜん》の大事業に手を染めたのだった。
まず、道路の修築《しゅうちく》が始まった。
山を切りとり、崖《がけ》を補強《ほきょう》し、傾斜《けいしゃ》のゆるやかな道路を作っていった。どんなせまいところでも六メートルの幅《はば》を持っている道路をこしらえた。重要な道路は幅が三十メートルもあった。
こんな道路を作るために、大じかけの土木工事《どぼくこうじ》が行われた。資材も、びっくりするほどたくさんいった。道路とともに、橋もこしらえねばならず、トンネルも掘らねばならなかった。
こういう仕事を、谷博士が、全部自分で引きうけてやった。
もっとも、博士が一人でやったのではなかった。働いたのは、博士が製造した機械人間《ロボット》たちだった。
谷博士に化けていたX号も機械人間を作って売りだした。今、谷博士も、同じようにたくさんの機械人間を製造した。どっちも同じことをやった。しかしこんど谷博士の作りだした機械人間は、非常によく働き、そして正確に行動した。からだの大きさも、ずっと大きかった。顔は同じような機械的な円い同じ目鼻をつけた顔であったが、博士の作った機械人間は、滑稽《こっけい》でとぼけた童子《どうじ》のような顔つきをしていた。だから村人たちから親しみの目で見られた。
こうして道路ができあがると、こんどは土地の人のために、すばらしい家を建ててあたえた。
地上は五階もあり、地階が三階あるのが普通であった。耐火耐震《たいかたいしん》の構造を持っているばかりか、冬季には寒がらないで住んでいられ、家の中は春秋と同じようにらくに仕事や生活ができるように、べんりで能率のいい暖房装置《だんぼうそうち》が建物についていた。
農民たちや炭焼きや猟師《りょうし》たちが喜んだことは、いうまでもない。
この大建築事業も、たくさんの機械人間が使われ、博士はいつも指揮《しき》をとっていた。
その次には耕地整
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