》として、エレベーターからふたたび姿をあらわしたのである。小わきには、冷蔵庫にしまってあった、自分のもとのからだをだいていた。
「山形君、どうしたんだね」
「先生、だめなんですよ。発電室の前には、何十人という機械人間が、火焔放射器を持って立っていて、めったなことでは近づけません。こちらの戦法を、向こうに横どりされましたよ。それでこうして逃げて来たんです」
山形警部は、いまにも泣きだしそうな声であった。
「困ったな。それで君のだいているそのからだは、いったいどうしたんだい」
「どうせ死ぬのなら、こんな女のからだではなく、せめて自分のからだで死にたいと思いましてね。いよいよ玉砕《ぎょくさい》ときまったら、先生に手術してもらいたいと思いまして……」
山形警部はついに泣き声になってしまった。
「困った、困った……」
博士の機械人間は、腕を背中にくんで、部屋の中を、こつこつと歩きまわっていた。第一次、第二次の攻撃は、どうにか撃退したものの、いつあらたな武器を持って、第三次の攻撃が始まらないともかぎらないのだ。
「よし、全員待避《ぜんいんたいひ》!」
博士は一同をひきつれて、エレベーターへ乗りこんだ。
原子爆弾
まさに、危機一髪という瞬間であった。もしあと五分おくれたら、みんなの命はなかったろう。
X号の命令で、猛烈な毒ガスが、この階に充満《じゅうまん》されたのだった。
階上二十四階の、第二機械人間操縦室で、X号はにたにたと、悪魔のような笑いを浮かべていた。
「M53号報告。七階全部に、毒ガスの充満おわりました」
「よし、第一機械人間操縦室へ侵入して、敵の屍体《したい》を確認、収容せよ。敵は七名。機械人間の中にはいっているはずだ」
さすがに、この時には、X号にも、博士たちがどうして地下十六階を逃げだし、七階を攻撃したか、その方法がわかっていたのである。
しばらく、ぶきみな沈黙がつづいた。
「M53号報告、M53号報告――」
ふたたびラウドスピーカーからは、機械人間の声が流れだす。
「どうした。屍体は発見できたか」
「それがだめです。ここにいる機械人間は全部味方のものばかり、人間などはどこにもはいっておりません」
おどろいたような声であった。X号もまた顔色をかえて、操縦盤の前に立ちあがった。
「おかしいな。あの毒ガスの中をくぐって逃げられるわけがないが。さては、そのまえにいち早く逃げだしたな。これはまた、やっかいなことになったわい」
その時である。またラウドスピーカーからひびいて来た機械人間の声。
「B8号報告。ただいま、武装警官の一隊を満載《まんさい》したトラックが、三角岳のふもとへとどいたという情報がはいりました。どういたしましょう」
X号は立ちあがって、部屋の中を二三歩、歩きまわっていたが、割れるような大声を出してどなりたてた。
「よし、第一、第三、第五ロケット砲発射準備。射撃距離《しゃげききょり》にはいったら、射撃開始!」
いよいよX号は、人類と全面的な戦闘を開始しようとしたのである。
その時だった。ラウドスピーカーから、勝ちほこったような、谷博士の声がひびいて来た。
「X号よ。X号よ。わしの声が聞こえるか」
「なんだ、きさまは谷博士だな」
「そうだ。谷だ。X号よ、おまえの野望《やぼう》もこれで完全に破砕《はさい》されたぞ。おまえのような、感情を持たない生物のために、人類が滅亡《めつぼう》させられたりしてたまるものか。おまえの命も、これでもうおしまいだぞ」
「何を世まよいごとをぬかす。わしは無限の生命を持って生まれた。火でも水でも電気でも、わしを殺すわけにはいかないのだぞ」
「そのとおり。だがわしはおまえの生《う》みの親《おや》として、おまえを殺す、ただ一つの方法を知っている――」
「それは――」
「原子爆弾で、この研究所の建物といっしょに、おまえのからだをこっぱみじんに吹っとばす。おまえの生命《せいめい》をつかさどる電臓も、原子力の前には、何の力もないのだ」
「ちくしょう」
X号は鬼のように、頭髪《とうはつ》を逆立《さかだ》てさせて、火花の息を吹きだした、
「そんなことをしてしまったら、きさまらだって生命はないぞ」
「もとよりそれはかくごのまえだ。X号よ。では永遠におさらばだよ」
博士の声は、ぷつりと切れた。しかしそれと同時に、その部屋の短波受信機は、次のようなことばを捕えたのだった。
「――武装警官隊に告ぐ、武装警官隊に告ぐ。三角岳研究所はまもなく、原子爆弾によって爆発する。三角岳から急速待避《きゅうそくたいひ》せよ。爆発は、あと十分後の予定、緊急待避せよ。緊急待避せよ――
もちろんX号も、原子爆弾の威力《いりょく》は十分に知っていた。いま、地下一階から七階までの工場で製造している原子爆弾と、その材料のウラニウムが、ぜんぶ一度に爆発したら、この研究所の建物は、あとかたもなく吹きとばされてしまうのだ。
「よし、残念だが、背に腹はかえられない。十分のあいだにここを逃げだして、再挙《さいきょ》をはかることにしよう」
X号も、ついに最後のかくごをきめたのである。
「L19号、L19号」
X号はラウドスピーカーに向かってよびかけた。
「はい。ご用はなんですか」
「五分以内に、原子爆弾全部と、原料ウラニウムを、二十四階に運びあげろ」
「はい。承知しました」
「よし、あれが手もとにありさえすれば――」
X号は、またしても、悪魔のような恐ろしい笑いを浮かべたのだった。
大爆発
そのころ、武装警官の一隊は、五台のトラックに分乗して、氷室検事といっしょに、この三角岳のふもとに迫っていた。
いよいよ道はのぼり坂になる。一番前を走っている乗用車には、警察署長と氷室検事がのりこんで、一生けんめいに、三角岳の上にそびえる研究所の建物をながめていた。
「すると、あの谷博士は、やっぱりにせ者だったのだね。ぼくもはじめて会った時から、どうも怪《あや》しいとにらんでいた」
というのは氷室検事。
「いや、どうも私がうかつで申しわけありませんでした。おかしいおかしいとは思っていたのですが、何しろこのあたりは、メトロポリスとかいう化物地帯《ばけものちたい》で、木が物をいいだしたり、石や机がひとりで動きだしたり、あまり気味がよくないので、警官もこわがって、やって来るのを二の足ふんでいたんです。しかし山形君は、えらい手柄《てがら》を立てました。これで私も、鼻が高いというものです」
署長は、振りこぶしを鼻の前にあてて、天狗《てんぐ》のようなまねをして見せた。その時である。突如として自動車にとりつけてある短波受信機から、あの緊急待避警報《きんきゅうたいひけいほう》がひびいて来たのは――
署長の高い鼻も、とたんにペシャンコになってしまった。
「ストップ、ストップ、この車をはやくとめるんだ」
「はい」
運転手も、あまりあわてて、ブレーキをかけたものだから、その次に走っていたトラックは、この車にしょうとつして、乗用車の方は横たおしとなり氷室検事も署長もほうぼうをすりむいて、やっと車の中からはいだして来た。
「ばか、何をするんだ」
署長はかんかんになって、トラックの運転手を叱りつけた。
「すみません。署長さんが、あまり急げ急げといわれましたし、それにまた、この車が思いがけなくとまりましたので」
「それはそうと、全員|総退却《そうたいきゃく》だ。何をぐずぐずしているんだ」
「ここまで来て、ひっかえすんですか」
功名心《こうみょうしん》に燃えている武装警官隊は、山形警部一人だけに手柄をされてなるものか、署長が臆病風《おくびようかぜ》にとりつかれたら、自分たちだけでも突撃しようという意気ごみであった。
「ばか。命令だから引っかえせ。たった今、山形警部から、短波放送で連絡があった。あと十分もすれば、原子爆弾の爆発がおこって、あの研究所はこっぱみじんに吹っとぶんだ。おまえたちは、原子爆弾の恐ろしさが分からないか」
「えッ、原子爆弾ですか。それではわれわれもまごまごしていると、原子病にかかるわけですね」
「そうだ。そのとおり。さあ、引っかえそう」
その時である。道の三百メートルばかり向こうで、ぱーッと物すごい土煙《つちけむり》があがった。
「さあ、ピカドンだぞ」
検事も、署長も、警官隊も、あわてて道のそばの谷そこへ逃げ込んだ。
「どうも君、へんだよ。いまのは原子爆弾ではなさそうだぜ。まだ研究所の建物は、あのとおり、しっかりしているじゃないか」
双眼鏡《そうがんきょう》で、おそるおそる研究所の方を見まもっていた検事が、そばの署長にささやいた。
「そういえば、なるほどそのとおりですね。どうしたんだろう」
これがロケット砲弾の砲撃だった。署長のことばが終らぬうちに、第二弾がとんで来て、乗用車もトラックも、こっぱみじんに吹きとばされた。さいわいに、警官隊はみな車をとびおりて、穴の中や谷底《たにそこ》にかくれていたので、人間の負傷はなかったが、もうこうなっては一行も進退きわまってしまったのである。
砲撃はますますはげしくなりはじめた。ところが、あまり狙《ねら》いが正確なので、かえって命には別条《べつじょう》がなかったのである。
その時、研究所の屋上からは、ものすごい閃光《せんこう》とともに、緑色の流星《りゅうせい》のようなものが、まっすぐに中天高くとびあがった。
「おや、あれはなんだ」
「きっとV一号だぜ」
その瞬間、砲撃がばたりとやんだかと思うと、大地もくずれるかと思われる大音響《だいおんきょう》とともに、目もくらむような赤・黄・青・緑・白の五色の光りが研究所を包み、もうもうとしたきのこ形の噴煙《ふんえん》が、建物の屋上から、大空高く巨大な翼《つばさ》をひろげたのである。
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ……」
署長は、谷博士、山形警部それから勇敢な五少年の死をいたんで、思わずお念仏《ねんぶつ》をとなえたのだった。
宇宙航空船《うちゅうこうくうせん》
ところが、谷博士も、山形警部も、五人の少年も、けっしてこの爆発で最期をとげたわけではなかった。
谷博士は、機械人間の操縦装置が破壊された時、屋上からヘリコプターによる脱出を考えたのである。
ところが、屋上へ来て見たときには博士もすっかりおどろいた。というのは、X号がサルになった谷博士を脳波受信機でいじめながら作っていた、宇宙航空船ができあがって、そこにおかれてあったからだった。
これは、総軽金属製、世界最大の飛行機の二倍も大きく、原子力によるロケット装置で活動し、時速三千キロ、月世界はおろか、火星ぐらいまでなら往復できる、おそるべき性能を持った航空船であった。
X号はこれによって、世界中をふつうの飛行機や、高射砲のとどかない高空から、原子爆弾で爆撃しようと計画し、すでに今日、その試験飛行にとびたつばかりで、第一の原子爆弾を東京に落とそうと、その中につみこんであったのだった。
入口に番をしていた機械人間を、火焔放射器《かえんほうしゃき》で倒すと、七人はまんまとその中にしのびこんだ。
何しろ、三階建てのホテルぐらいは十分ある大きさだったから、山形警部や少年たちは、大分まごついたが、博士は道に迷いもせず、その操縦室にたどりついた。
「しめた。機械はすぐ動くように準備ができてあるし、原子爆弾もつみこんである。これならば、もうこちらの勝ちだ。X号もこうなったら運のつきだぞ」
博士は小おどりして喜んでいた。
「さあ、さっそく出発して、空中から研究所を爆撃しよう。まあ、なんにしても、このやっかいな、機械人間のきものはぬごうじゃないか」
七人はほッとしたように、首をとり、手をとり、足をとって、機械人間ならぬ、もとのからだにかえったのである。いや、もとのからだといっても、五人の少年はともかく、博士はサルのからだのままだったし、山形警部は女のからだのままだったが――
「先生、まだ手術はしてくださいませんね」
警部は、小わきにか
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