でしょう」
「なにが、お嬢さんだ。私は山形警部だ」
 と、その女体の人造人間は怒ったような口調《くちょう》で答えた。


   娘と警部


 さすがの超人間X号も、その日はすっかりくたびれてしまい、ベッドにもぐりこむと、正体もなく深いねむりに落ちこんだ。
 彼は、すこしの心配もなくねむった。というのは、この秘密の最地階のことは外部には知られていないし、またこの最地階からそとへ出ていく出入り口は、彼がしっかり錠《じょう》をおろし、その鍵《かぎ》はだれも気のつかない薬品戸棚《やくひんとだな》の裏にうちつけてある釘《くぎ》へひっかけてあるので、何者もこの最地階から外へ出られないと信じていた。
 ところが、その翌朝七時に彼が目をさましてみると、その秘密の出入り口があいているので、びっくりした。錠は、内がわから鍵がさしこまれたまま、みごとにひらかれてあった。
「しまった。何者のしわざか」
 X号は、おどろくやら、腹をたてるやらで、そこにふたたび錠をかけると、急いで引きかえした。
 彼は、実験室の戸をおして、中へはいった。
「おお、谷博士は、ちゃんといるぞ」
 谷博士は、椅子にしばりつけられたまま、首をがっくり前にたれていた。死んでいるようでもあり、まだ死んではいないようでもあった。とにかく博士がそこに残っているので、X号はまず安心した。
 そばによってみると、博士は、心臓が衰弱《すいじゃく》しているようで、脈《みゃく》がわるいが、しかしちゃんと生きていた。X号はよろこんだ。博士はこんこんとねむっているらしい。
 もうひとりの人造人間の女の子の姿を、X号は探しまわった。が、これはどの部屋にも見つからなかった。
「ふふん、すると、あの人造人間が、錠をあけで逃げだしたとみえる。はてな、最後にあの人造人間を、どう始末《しまつ》しておいたかしら」
 X号は記憶を一生けんめいによびおこしてみた。
「そうだ。あの少女の姿をした人造人間は、男のような声を出して、あばれだしたんだ。それでおれはあの少女をおさえつけ、綱でぐるぐる巻きにして、組立室の起重機《きじゅうき》につるしておいた。たしかにそうだ」
 そのような状態では、少女の人造人間は逃げることができないはず。とにかく組立室へ行ってみれば分かると、X号はそちらへ小走りに走っていった。
 そこでは、起重機から、だらりと綱がぶらさがっているだけだった。
 少女が逃げたことは、いよいよたしかであった。あのかぼそい身で、このように綱をほどき、それからあの秘密の出入り口の鍵をさがしだして、うまうまと逃げてしまったんだ。なんという、すばしこいやつだろう。
「ああ、そうか。あの娘の頭蓋の中に、警官の脳髄《のうずい》をいれたのが、こっちの手落ちだったな。よほど頭のきく警官らしい」
 それにちがいない。検察庁《けんさつちょう》の特別捜査隊にその人ありと聞こえた、名警部山形だったから。
 少女のからだを持った山形警部は、たいへんなかっこうで、研究所の外にのがれでた。それはやっと夜が明けはなれたばかりの時刻だった。研究所からすこしいったところで、彼は非常線をはっている警官を見つけて、その方へとんでいった。
 その警官は、夜明けとともに、眠気《ねむけ》におそわれ、すこしうつらうつらしているところだった。その鼻先へ、とつぜん裸の少女がとびだして来て、わッと抱きつかれたものだから、その警官は、きもをつぶして、その場に尻餅《しりもち》をついた。
「おお、足柄《あしがら》君。わしは山形警部だが、大至急そのへんの家から、服を借りて来て、わしに着せてくれ。風邪《かぜ》をひきそうだ。はァくしょん!」
 と、少女姿の山形警部は、相手が部下の足柄君であることをたしかめ、うれしくなって、急ぎの仕事を頼んだ。
 足柄警官の方は、抱きついた裸の娘が、しゃがれた男の声を出したので、ますますおどろいて、うしろへさがるばかり。山形警部は、ここで、足柄に逃げられてはたいへんと、ますます力を入れて抱きつく。足柄警官はいよいよあわてる。
 が、ようやく山形警部が、「君は、この寒い山の中で裸の娘をいつまでも裸でほうっておくのか。それは人道《じんどう》に反するじゃないか。早く服を探してやらないのか」と、人道主義をふりまわしたので、若き人道主義の足柄警官は、ようやくわれにかえって、すぐ前の農家《のうか》から借りてくることを約束した。
 こんなことがあって、ようやく山形警部は服にありついた。しかしそれは少女の服であった。その農家の、今は嫁入った娘が、小さいとき着ていた服であった。警部は男の服を借りてもらうつもりだったので、そのことを足柄警官にいった。すると足柄は、山形警部を見おろしてにが笑いをしながらいった。
「だって、大人の服は、あなたには大きすぎて、着ても歩けま
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