せんよ。ねえ、分かったでしょう、娘さん」
このことばに、山形警部は、うむとうめいてかえすことばを知らなかった。
うそかまことか
足柄警官は、娘にさんざん手をやいて――彼は山形警部が少女姿になったことを、いくど聞いても信じない。――おりから、ちょうど交替《こうたい》の警官が来たのをさいわい、娘をつれ、出張中の捜査本部のある竹柴村《たけしばむら》へおりていった。
知らせを聞いて、奥から氷室検事《ひむろけんじ》がとびだしてきた。この氷室検事は、X号を捜査《そうさ》する警官隊の隊長だった。
「やあ、氷室検事、私はこんななさけない姿になってしまいました。同情してください」
みじかい少女服を着た女の子が、いきなり検事にとりすがって、顔に似合わぬ男の声を出したので、検事はびっくりして顔色をかえたが、さすがに隊長の任務の重いことを思いだして、落ちつきをすこしとりもどした。
「いいよ、いいよ。ぼくは君に深い同情をしている」
でまかせなことを、氷室検事はのべた。
「えッ、同情していてくださいますか。ありがたいです。氷室検事。あなたのほかにはだれもわしを山形警部だと思ってくれないのです」
「えッ、なんだと」
検事は、目をパチクリ。
すると少女のうしろから、足柄警官がさかんに手まねでもって、「検事さん、この娘は気が変ですよ」と知らせている。
「ふーん、そうか……」
山形の方は、検事がそういったのを、自分をみとめてくれたんだと思いちがいし、泣きつかんばかりに検事にすがりつく。
「わしには、さっぱりわけが分からんですが、きのうわしは研究所に近づいて塀《へい》の破れから中を監視《かんし》していますと、いきなり脳天《のうてん》をなぐりつけられたんです。気が遠くなりました。
次に気がついてみると、わしは見たこともない部屋の中に、裸になって寝ていたのです。その部屋には器械がおそろしくたくさん並んでいました。わしはおどろいて起きあがりました。ところがそのときえらいことを発見してびっくり仰天《ぎょうてん》、ぼーッとなってしまいました。なぜといって、わしのからだはいつのまにか少女のからだになっていたんですからねえ……」
と、山形警部は、今これをしんじてもらわねばとうてい救われる時は来ないものと考え、手まねもいれてくどくどと身のうえを説明したのだった。
まわりに、これを聞いていた一同は、いよいよこれは気が変な娘だわい。とほうもない奇怪味《きかいみ》のあるでたらめをいうものだと、あきれてしまった。
氷室検事だけは、心をすこしばかり動かした。この娘はたしかに変に見える。しかし彼女が娘らしくない、がらがら声でしゃべっているのを聞いていると、どこかに山形警部らしい話しかたのひびきもある。また、この娘のいっていることがらは、ほとんど信じられないほど奇怪であるけれど、辻《つじ》つまが合っている。気の変な娘が辻つまの合っている話をするわけはない。すると、この娘は気が変であるといえないことになりはしないか。この答えはすぐに出ない。氷室検事の心は重かった。
そのとき戸山少年が、検事の前へ出て来て、
「検事さん。この女のひとがいっていることは、ほんとだと思いますよ。谷博士が、研究所の最地階《さいちかい》は一等重要なところで、だれもいれないことにしていると、ぼくに話したことがありましたが、この女の人のいうことは合っていますよ」
戸山君をはじめ五少年は、捜査隊にしたがって、この竹柴村の本部に寝とまりしていたのである。さっきからのさわぎに、少年たちは寝台をけって起き、奇妙《きみょう》な少女を見物していたのであった。
「それは、たしかだろうね」
検事は、するどい目つきで、戸山君を見つめた。
「たしかですとも、それから、今この女のひとが話したところによると、その研究所の最地階には、三人の人がいたことが分かります。その三人とは、この女の人と、例の死刑囚火辻に似た怪人、それからもう一人は、目に繃帯《ほうたい》をした谷博士だと、この人はいっているのです。ああ、谷博士は、怪人のために病院から連れだされ、研究所の最地階に幽閉《ゆうへい》され、どんなに苦しめられていることでしょうか。博士が責めころされないまえに、一刻《いっこく》も早く救いだしてください。もちろんぼくたちも一生けんめいお手つだいいたします」
「戸山君のいったとおりです。谷博士を早く助けてください」
と、他の少年たちも検事の前に出て並んだ。
月光の下に
五人の少年たちが、熱心に谷博士を救いだすことを検事に頼んだので、氷室検事の決心はようやくきまった。
「よろしい。それでは今夜半を期して、研究所の最地階へ忍《しの》びこむことにしよう」
検事は、部下を集めて、手配のことを相談した。
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