なりの大きな爆発みたいなことが室内におこり、博士のからだは嵐の中の紙片《かみきれ》のように吹きとばされ、はてはどすんと何物かに突きあたり、そのときに頭のうしろをうちつけ、うんと一声発して、気絶《きぜつ》してしまった。
 そのあとのことを、谷博士は知ることができなかった。
 博士のほかに、人が住んでいないこの研究所は、それから無人のまま放置された。しかし博士の気絶のあと、この構内ではいろいろなものが動きだして、奇妙な光景をあらわしたのであった。
 この大広間の二回にわたる爆発により、室内中には黄いろい煙がもうもうとたちこめていて、その中ではすべての物の形を見わけることができなかった。
 だが、その黄いろい煙の中で、いろいろなものが動いていることは、怪《あや》しい音響によっても察することができたし、またときどき煙の中から異様なものが姿をあらわすので、それとわかった。その中でも、もっとも奇怪をきわめたものは、何者かが発する声であった。それはだれでも一度聞いたら、もう永遠に忘れることがないだろうと思われるほどの、気味のわるいしゃがれ声であった。それは、死体となって一度土中にうずめられた人間が、その後になってとつぜん生きかえり、自分で棺桶《かんおけ》だけはやぶりはしたものの、重い墓石をもちあげかねて、泣きうらんでいるような、それはそれはいやな声だった。
「ああ、寒い、寒い。寒くて、死にそうだ」
 そのいやなしゃがれ声がつぶやいた。


   しゃがれ声の主


「おお寒む。おお寒む。どこかはいるところがないだろうか」
 しゃがれたうえに、ぶるぶるとふるえている声だった。一体だれがしゃべっているのであろうか。
「おお、見つけたぞ。あれがいい。おあつらえむきだ」
 その怪しい声が、ほっと安心の吐息《といき》をもらした。
 しばらくすると、煙の中で、かんかんと、金属をたたくような音がし、それから次には、ぎりぎりごしごしと、金属をひき切るような音がした。
「だめだ。はいれやしない」
 大きな音がして、煙の中から、鋼鉄製《こうてつせい》の首がとんできて、壁にあたり、がらがらところげまわった。そのあとから、またもう一つ、同じような鋼鉄製の首がとんできて、それは壁のやぶれ穴から、外へとびだしていって、外でにぎやかな音をたてた。
「一つぐらいは、はいりこめるのがあってもいいのに……」
 怪しい声は、ぶつぶつ不平をならべたてた。
 と、また煙の中から、黒光《くろびか》りのするものがとんできた。鋼鉄の腕だった。鋼鉄の足だった。それから鋼鉄の胴中《どうなか》だった。それらのものは、ひきつづいて、ぽんぽん放りだされた。壁にあたってはねかえるのがある。天井《てんじょう》にぶつかって、また下へどすんと落ちるものがある。つづいてまた、鋼鉄の首が、砲弾のようにとび、ごろごろところげまわる。
「あ、あった。これなら、はいれるぞ。ありがたい……」
 しゃがれ声が、ほんとにうれしそうにいった。
 がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。
 煙の中で、町の鍛冶屋《かじや》のような音が聞こえはじめた。かーん、かーんと鋲《びょう》をうつような音もする。つづいて、ぎりぎりぎり、ぎりぎりぎりと、ワイヤ綱《づな》が歯ぎしりをかむような音もする。
 そうこうするうちに、煙がかなりうすくなって、音をたてているものの形が、おぼろげながら分かるようになった。それは室内の煙が壁の大きな穴から、だんだんと外に出ていったためである。
 煙の中に、大きく動いている、人間の形をした者があった。
 それは谷博士ではなかった。博士は向こうの壁ぎわに、長く伸びて床の上に倒れていて、すこしも動かない。
 煙の中で動いている者は、博士よりもずっと大きな体格をもっていた。大きな円筒形《えんとうけい》の頭、がっちりした幅の広い肩、煙突《えんとつ》を二つに折ったような腕――それが、のっそりと煙の中からあらわれたところを見ると、なんとそれはグロテスクな恰好《かっこう》をした機械人間《ロボット》であった。
 鋼鉄製の機械人間が、のっそりと煙をかきわけて、陽《ひ》のさしこむ壁の大穴のところまで出て来たのだ。
 いつのまにか雷雲はさり、けろりかんと午後一時の陽がさしこんでいる。
 室内は、ますます明かるく照らしだされた。室内は、おそろしく乱れている。足の踏み場もないほど、こわれた物の破片で、いっぱいであった。
 天井に、大きな放電間隙《ほうでんかんげき》の球が二つ、前と同じ姿でぶらさがっているが、それから下へ出ていた二本の針金は、どこかへ吹きとんでしまってない。
 その下に、六本のいかめしいプッシング碍子《がいし》の台の上にのっていたガラスの箱は、碍子を残しただけで、あとかたもない。
 曲面盤《きょくめんばん》もなければ、ガラスの
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