皿もない。そのガラスの皿の上にのっていたぶよぶよした灰色の塊《かたまり》――谷博士の作った「人造生物《じんぞうせいぶつ》」も、どこへ行ったか、見えなかった。そしてあたり一面に、ガラスや金属やコンクリートの破片が乱れ散っていた。
「ああ、あたたかくなったと思ったら、こんどは非常にねむくなった。ねむい、ねむい」
しゃがれた声が、壁ぎわから聞こえて来た。博士がいったのではない。
「ああ、ねむい。しばらくねむることにしよう。どこか、ねむるのに、いい場所はないだろうか」
壁の穴のそばに立っていたグロテスクな機械人間《ロボット》が、がっちゃん、がっちゃんと動きだした。するとその中から、ねむがっているしゃがれ声が聞こえたのであった。
それは、あたかも、機械人間が魂《たましい》をもって生きていて、そのようにつぶやいているように見えた。
怪しい機械人間だ。
がんらい、機械人間というものは、人間からの命令を受けて、ごくかんたんな機械的な仕事をするだけの人間の形をした機械だった。この場合のように、人間と同じに、感想をのべたり、生活上のことを希望したりするのは、ふつうでは、ありえないことだった。
「どこか、いい場所がありそうなものだ。どれ、探してみようか」
怪しい機械人間は、そういいながら、がっちゃん、がっちゃんと金属の太い足をひきずって、室の一隅《いちぐう》にあった階段を、上へと登っていった。
博士よみがえる
それから一時間ばかりたった後のことであった。
登山姿に身をかためた五人の少年が、三角岳《さんかくだけ》の頂上へのぼりついた。
「やあ、すごい、すごい」
「すごいねえ、戸山《とやま》君。やっぱり、塔はくずれているよ。ほら建物もあんなに大穴があいているよ」
「ほんとだ。あのとき、塔も建物も、火の柱に包まれてしまったからね、もっとひどくやられたんだろうと思ったが、ここまで来てみると、それほどでもないね」
「いや、かなりひどく破壊《はかい》しているよ。塔なんか、半分ぐらい、どこかへとんじまっているよ。それに建物が、めちゃめちゃだ。ほら、こっちがわにも大穴があいているよ。落雷と同時に、中で爆発をおこしたものかもしれない」
「中に住んでいる人は、どうしたろうね」
「どうなったかなあ、塔や建物がこんなにひどく破壊しているんだから、中に住んでいた人たちは、もちろん死んじまったろう」
「死んじまったって。そんならたいへんだ。みんなで中へはいって、調べてみようじゃないか。そして、もしかしてだれか生きていたら、その人はきっと重傷をしているよ。ぼくたちの手で、すぐ手あてをしてやろうよ」
「うん。それがいい。じゃあ、あの建物の中にはいってみよう」
「よし。さあ行こう」
五人の少年たちは、研究所のこわれた戸口から、中へはいっていった。
「あっ、たいへんだ。中が、めちゃめちゃにこわれているよ」
「どうしたんだろうねえ。この建物は、なにをするところなの」
「なんとか研究所というんだから、なにか研究をするんだろう」
「ここは、有名な谷博士の人造生物研究所だよ。ぼくはおとうさんから聞いて知っているんだ」
戸山という少年がいった。戸山は、この少年団のリーダー格であった。あとの四人の少年もみんな同級生であった。きょうはいいお天気であったので、三角岳登山を試みたのであったが、途中で雷に出あい、洞穴《どうけつ》の中にとびこんで雷鳴《らいめい》のやむのを待った。そのうちに雷鳴ははげしくなり、前方に見えるここの塔の上に落雷したのを見た。
やがて雷雲が行きすぎたので、五人の少年たちは、目的地である三角岳の頂上まで登って来ようというので、ここまで登って来たわけ。するとこの研究所の建物がひどくこわれているので、それにおどろいて、中へはいったわけであった。
「あ、人がたおれている」
「ええッ」
「あそこだよ。白い実験着を着ている人が、たおれているじゃないか。壁のきわだよ」
「ああ、たおれている」
五人の少年たちは、谷博士を見つけた。そばへかけよってみると、博士は顔面や腕に傷をこしらえ、死んだようになっている。呼びおこしても、意識がない。戸山は、博士の鼻の穴へ手を近づけた。博士はかすかに呼吸をしているようだ。そこで彼は耳を博士の胸におしつけてみた。博士の心臓はたしかに打っている。しかし微弱《びじゃく》である。
「この人は、気をうしなっているんだよ」
戸山は、結論をつけて、みんなに話した。
「じゃあ、活《かつ》をいれてみようか」
井上《いのうえ》少年がいった。彼は、柔道を習っていて、活の入れかたを知っていた。
「それよりも、葡萄酒《ぶどうしゅ》をのませた方がいいんじゃないか」
羽黒《はぐろ》少年は救護係《きゅうごがかり》であったから、自分がリュックの中に持っ
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