て来ている、気つけ用の葡萄酒のことをいった。
「気をうしなっているんだから、活の方がいいよ。気がついたら、こんどは葡萄酒をのませる順番になる。井上君、ちょっと活をいれてごらん。あとの者は、みんなてつだって、この人を起こすんだ」
 四人の少年が、博士の上半身を起こした。すると井上がうしろへまわって、博士の脊骨《せぼね》をかぞえたうえで、急所をどんと突いた。
 だめだった。博士は、あいかわらず、ぐったりしたままだ。
「だめかい」
 と、みんなは心配そうに、井上にたずねた。
「まだ、分からない。もう四五へんくりかえしてみよう」
 井上は、まだ希望をすててはいなかった。えいッ。またもう一つ活をいれた。
 と、うーんと博士はうなった。そしてにわかに大きな呼吸をしはじめた。顔色が、目に見えてよくなった。顔をしかめる。痛みが博士を苦しめているらしい。
「あ、生きかえったらしいぞ」
「さあ、葡萄酒の番だ」
「よし、ぼくが、のませてやる」
 羽黒は、リュックを背中からおろして、さっそく水筒《すいとう》の中に入れている葡萄酒をとりだし、ニュウムのコップについで、博士の口の中へ流しこんだ。
 博士は、ごほんごほんとむせた。羽黒はもう二はいのませた。
「ああッ、ありがとう。どなたか知らないが、私を介抱《かいほう》してくだすって、ありがとう」
 博士は元気になって、礼をいった。その博士は、目をあいているが、手さぐりであたまをなでまわす。
「おじさんは、目が見えないのですか」
 戸山が、たずねた。
「目が見えない? そうです。今は目が見えない。さっき実験をやっているとき、目をやられて、見えなくなったのです。困った。まったく困った」
「おじさんはだれですか」
「私はこの研究所の主人《あるじ》で、谷です。君たちは少年らしいが、どうしてここへ来ましたか。いや、それよりも、もっと早く知りたい重大なことがある。この部屋は、どうなっていますか。器械や実験台などは、ちゃんとしていますか」
 谷博士の質問にたいして、少年たちは気のどくそうに、かわるがわる室内の様子を話してやった。
 博士の顔は、赤くなり、青くなりした。眉《まゆ》の間には、ふかいしわがよった。
「えッ。ガラス箱なんか、どこにも見えませんか。ガラスの皿もですか。その皿の上にのっていた灰色のぶよぶよした海綿《かいめん》のようなものも見えませんか。よく探してみてください。そのぶよぶよした海綿みたいなものを、どうか見つけてください。それが見つからないと、ああ、たいへんなことになってしまう」
「そんなものは、どこにも見えませんよ」
「ほんとですか。ああ、目が見えたら、もっとよく探すのだが……」
「そのぶよぶよした海綿みたいなものというのは、いったいなんですか」
「それは……それは、私が研究してこしらえた、ある大切な標本《ひょうほん》なのです」
「標本ですか」
「そうです。その標本は、生きているはずなんだが、ひょっとすると、死んでしまったかもしれない」
「動物ですか」
「さあ、動物といった方がいいかどうか――」
 そういっているとき、がっちゃん、がちゃんと音がして、階段の上からおりて来る者があった。
 少年たちは、その方をふりかえって、思わず「あッ」といって、逃げ腰になった。
 階段をおりて来たのは、ものすごい顔かたちをした機械人間《ロボット》であった。
「おや、機械人間が、ひとりでこっちへ歩いて来るぞ。これは奇妙《きみょう》だ」
 盲目の谷博士は、首をかしげた。博士はたくさんの機械人間を、この建物の中で使っていた。それを機械人間何号と呼んでいた。その機械人間たちは、博士が、特別のかんたんなことばをつづりあわせた命令によってのみ動くのであった。ところが今、階段から、がちゃんがちゃんと、機械人間がひとりでおりて来たので、博士は怪《あや》しんだのだ。
 その怪しい機械人間は、なぜひとりでおりて来たか。
 盲目の谷博士と、怪しい機械人間は、どんな応対をするであろうか。
 この奇怪な山頂の研究所にはいりこんだ五少年は、これからどんな運命をむかえようとするか。
 気味のわるいしゃがれ声を出す者は、いったい何者であろうか。


   少年の協力《きょうりょく》


 がっちゃん、がっちゃん、がっちゃん。異様《いよう》な顔をした機械人間《ロボット》は、階段をおりきると、谷博士と五人の少年がかたまっているところへ、金属音《きんぞくおん》の足音をひびかせながら近づいた。
 少年たちは、目を丸くして、このふしぎな機械人間の運動ぶりを見まもっている。少年たちは、科学雑誌やものがたりで、こういう機械人間のことを読んで知っていて、いつかその本物を見たいとねがっていた。ところが今、はからずもこの研究所の塔の中でお目にかかったものだから、少年たち
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