中にいるのは五六人にすぎなかった。平常《へいじょう》は、大した用事もないから大ぜいの人がいる必要はないのであった。
きょうも測定|当直《とうちょく》の古山《ふるやま》氏ほか二人と、巡視《じゅんし》がすんで休憩中《きゅうけいちゅう》の大池《おおいけ》さんと江川《えがわ》さんの五人が、退屈《たいくつ》しきった顔で、時間のたつのを待っていた。そこへ、のっそりとはいって来た異様《いよう》な姿をした人物があった。
それこそ、例の怪《あや》しい機械人間であった。
がっちゃんがっちゃんの足音に、所員たちはすぐ気がついた。ふりかえってみて、相手の異様な姿に一同は胆《きも》をつぶした。
(機械人間みたいだが、どうしてここへひとりではいって来たのかしら)
と、一同はふしぎに思いながら、気味《きみ》のわるさにすぐには声が出なかった。
機械人間は、片手にダイナマイトの箱をぶらさげ室内をぐるぐる見まわしていたが、壁に張りつけてあるダムの断面図《だんめんず》に目をつけると、そばへ寄ってまるで生きている人間の技師のように、しげしげと図面《ずめん》に見いった。
「もしもし。君は、ことわりなしに、ここへはいって来たね。早く出ていきたまえ」
ついに大池が勇《いさま》しく立ちあがって、機械人間のそばへ寄り、しかりつけた。
すると機械人間は、彼の方へ、樽《たる》のように大きい首をふりむけて、
「このダムの設計は、はなはだまずいね。このへんにちょっと亀裂《きれつ》でもはいろうものなら、ダム全体がたちまちくずれてしまう。あぶない、あぶない」
と、機械人間は、笛を吹くような気味のわるい声でこのダムの設計のまずいことを指摘《してき》した。
すると大池が怒った。
「よしてくれ。人間でもない、へんな恰好《かっこう》をした鉄の化物《ばけもの》のくせに、人間さまのやったことにけちをつけるなんて、なまいきだぞ」
「そうだ、そうだ。分かりもしないくせに、なまいきなことをいうな。さあ、出て行け」
江川も立って来て、機械人間をしかりとばした。
「私なら、こんな設計はしない。ここのところは、こうしなくてはならない」
機械人間は、机の上から赤鉛筆をとると、壁にはってある設計図の上に赤線をひいて、元《もと》の設計を訂正《ていせい》していった。
「よせ。よけいなおせっかいはよして、早く出て行け。出なけりゃ外へほうりだすぞ」
江川が機械人間の手から赤鉛筆をもぎとった。大池は機械人間を突きとばした。
機械人間は、びくともしなかった。大池の方が腕を痛めて、痛そうにさすっていた。
「私のいうことは正しい。うそと思うなら、私について来なさい。私は、ダム建設の失敗箇所《しっぱいかしょ》へダイナマイトをあててみる。それでこのダムがひっくりかえったら、私のいったことは正しいのだ。来たまえ、諸君」
「きさまは化物であるうえに、気も変になっているんだな。いったいだれがこの機械人間をあやつっているのだろう」
「早く来たまえ。このダムはかんたんにくずされるのだ」
「はははは。何をいうんだ。おどかすな。見に行ってやることはないよ」
「ちょっと大池君。あの化物が手に持っている箱には、ダイナマイトと書いてあるぜ。本物のダイナマイトを持っているんなら、たいへんだぜ」
「なあに、よしや本物のダイナマイトであろうとも、ダムがひっくりかえるなんてことはないさ。とにかくあの化物を遠くへ追いはらう必要がある――」
といっていたとき、とつぜん天地はくずれんばかりに振動し、それにつづいて腹の底にこたえる気味のわるいごうごうの響《ひび》き。
「おやッ」
と大池と江川が顔を見あわせたとき、二人の少年がかけこんで来た。
「たいへんですよ。機械人間が今、ダイナマイトの箱をダムに叩きつけたんです。ダムは決潰《けっかい》して、ものすごい水が下へ大洪水《だいこうずい》のようになって落ちていきます。たいへん、たいへん。早く出て来てください」
たいへんだ。あの怪しい機械人間は、あっさりダイナマイトをダムにぶっつけて、巨人ダムをひっくりかえしてしまったらしい。二人の所員は、その場に腰をぬかしてしまった。
怪物《かいぶつ》の行方《ゆくえ》
「あッ、たいへんだ。早く、ふもとの村へ危険を知らせるんだ」
「どこへ一番はじめに、電話をかけますか」
「どこでも早くかけろ」
「じゃあ、第二発電所を呼びだしますか」
「だめだ。もうあのおそろしい水は、第二発電所へぶつかって、おしつぶしているだろう。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》だ。もっと下へ電話で危険をしらせろ」
「じゃあ、どこへかけりゃいいんですか。はっきりいってください」
「おれはよく考えられないんだ。君、いいように考えて電話をかけてくれ」
「困ったなあ」
「あッ、だれか鐘をなら
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