しているぞ。そうだ。のろしをあげろ」
「もしもし、ここも危険ですよ。水に洗われて、土台にひびがはいって来ました。ぐずぐずしていると、家もろとも洪水《こうずい》の中に落ちこみます。早くにげなさい。早く、早く」
「ええッ、ほんとかい。それはたいへんだ」
「おーい、おまえさんもにげなさい。命をおとしてもいいのかい」
「にげるけれど、猫がいないから探しているんだ」
 混乱のうちに、めりめり音がして、庁舎《ちょうしゃ》がさけだした。
 このとき、最後の避難者《ひなんしゃ》がにげだした。彼が戸口から出て、ダムの破壊箇所《はかいかしょ》と反対の方向へ、二三歩走ったと思うと、庁舎は大きな音をたてて、決潰《けっかい》ダムの下のさかまく泥水《どろみず》の中へ、がらがらと落ちていった。
「ああ、助かってよかったよ。ねえ、ミイ公《こう》や」
 その最後の避難者の腕に、まっ白な猫の子がだかれていた。
 ものすごい決潰と、恐ろしい大濁流とに、人々はすっかりおびえきっていて、もっと早くしなくてはならないことを忘れていた。
、やっとそれに気がついた者があった。
「ああ、あそこに立っている。あいつだ。ダムをこんなにこわしたのは……」
 そういったのは、例の五人の少年の中のひとりである戸山君だった。彼の指さす方角に岩山があって、その岩山に腰をかけて、こっちを見おろしている怪物があった。それこそ例の機械人間であった。
「あ、あいつだ。あいつが、この大椿事《だいちんじ》をおこしたんだ。あいつを捕《とら》えろ」
「警察へ電話をかけて、犯人がここにいるからといって、早く知らせるんだ」
「だめだよ。電話どころか、庁舎も下の方へ流れていってしまった」
「おお、そうだったな。それじゃあ、みんなであの怪しいやつを追いかけよう。棒でもなんでもいいから、護身用《ごしんよう》の何かを持ってあいつを追いかけるんだ」
「よしきた。おれが叩《たた》きのめしてやる」
 おいおいそこへ集まって来た木こり[#「こり」に傍点]や炭やきや、用事があってそこを通りかかっていた村人も加わり、怪しい機械人間を追いかけていった。が、彼らはまもなく、青くなってにげかえって来た。
「ああこわかった。あれは、ただの人間じゃないじゃないか。すごい化物だ」
「もうすこしで、おれは腰をぬかすところだった。おどろいたね、みそ樽《だる》ほどもある岩を、まるでまりをなげるように、おれたちになげつけるんだからなあ。おそろしい大力だ。あんなものがあたりや、こっちのからだは、いちご[#「いちご」に傍点]をつぶしたように、おしまいになる」
「なんだい、あの化物の正体《しょうたい》は」
「さあ、なんだろうなあ。まっ黒だから、お不動《ふどう》さまの生まれかわりのようだが、お不動さまなら、まさか人間を殺そうとはなさるまい。あれは黒い鬼《おに》のようなものだ」
「黒鬼《くろおに》か。赤鬼や青鬼の話は聞いたことがあるが、黒鬼にお目にかかったのは、今がはじめてだ。しかし、待てよ。鬼にしては、あいつは角《つの》が生《は》えていなかったようだぞ」
「いや、生えていたよ、たしかに……」
 村人たちのさわぎは、だんだん大きくなっていく。
 そのうちに、ふもとの村から、特別にえらんだ警官隊がのりこんで来た。この警官たちはこわれたダムの警戒にあたるつもりで来たが、犯人が意外なる大力無双《だいりきむそう》の怪物であると分かり、それから山中に出没《しゅつぼつ》するという報告を受けたので、「それでは」と怪物狩《かいぶつが》りの方へ、大部分の警官が動きだした。
 もちろん、とてもそれだけの人数の警官ではたりそうもないので、ふもと村へ応援隊をすこしも早くよこしてくれるように申しいれた。
 山狩《やまが》りは、ますます大がかりになっていった。しかしかんじんの怪しい機械人間は、どこへ行ったものか、その夜の閣《やみ》とともに姿を消してしまった。


   柿《かき》ガ岡病院《おかびょういん》


 目が見えなくなったうえに、怪しい機械人間の出現《しゅつげん》で、すっかり神経をいためてしまった谷博士は、五人の少年の協力によって、警察署の保護をうけることになった。
 三日ほどすると、すこし博士の気もしずまったので、かけつけた博士の友人たちのすすめもあって、博士は東京へ行くことになった。東京へいって、入院をして、目と神経《しんけい》とをなおすことになったのだ。
「わしの東京行きは、ぜったい秘密にしてくれたまえ。そうでないと、わしはこのうえ、どんな目にあうかもしれない。殺されるかもしれないのだ」
 と、博士はひとりで恐怖《きょうふ》していた。
 友人たちは、博士に、そのわけをたずねてみたが、博士はそのわけをしゃべらなかった。
「今は聞いてくれるな。しかし、わしは根《ね》も葉《は》
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