る原子爆弾と、その材料のウラニウムが、ぜんぶ一度に爆発したら、この研究所の建物は、あとかたもなく吹きとばされてしまうのだ。
「よし、残念だが、背に腹はかえられない。十分のあいだにここを逃げだして、再挙《さいきょ》をはかることにしよう」
 X号も、ついに最後のかくごをきめたのである。
「L19号、L19号」
 X号はラウドスピーカーに向かってよびかけた。
「はい。ご用はなんですか」
「五分以内に、原子爆弾全部と、原料ウラニウムを、二十四階に運びあげろ」
「はい。承知しました」
「よし、あれが手もとにありさえすれば――」
 X号は、またしても、悪魔のような恐ろしい笑いを浮かべたのだった。


   大爆発


 そのころ、武装警官の一隊は、五台のトラックに分乗して、氷室検事といっしょに、この三角岳のふもとに迫っていた。
 いよいよ道はのぼり坂になる。一番前を走っている乗用車には、警察署長と氷室検事がのりこんで、一生けんめいに、三角岳の上にそびえる研究所の建物をながめていた。
「すると、あの谷博士は、やっぱりにせ者だったのだね。ぼくもはじめて会った時から、どうも怪《あや》しいとにらんでいた」
 というのは氷室検事。
「いや、どうも私がうかつで申しわけありませんでした。おかしいおかしいとは思っていたのですが、何しろこのあたりは、メトロポリスとかいう化物地帯《ばけものちたい》で、木が物をいいだしたり、石や机がひとりで動きだしたり、あまり気味がよくないので、警官もこわがって、やって来るのを二の足ふんでいたんです。しかし山形君は、えらい手柄《てがら》を立てました。これで私も、鼻が高いというものです」
 署長は、振りこぶしを鼻の前にあてて、天狗《てんぐ》のようなまねをして見せた。その時である。突如として自動車にとりつけてある短波受信機から、あの緊急待避警報《きんきゅうたいひけいほう》がひびいて来たのは――
 署長の高い鼻も、とたんにペシャンコになってしまった。
「ストップ、ストップ、この車をはやくとめるんだ」
「はい」
 運転手も、あまりあわてて、ブレーキをかけたものだから、その次に走っていたトラックは、この車にしょうとつして、乗用車の方は横たおしとなり氷室検事も署長もほうぼうをすりむいて、やっと車の中からはいだして来た。
「ばか、何をするんだ」
 署長はかんかんになって、トラックの運転手を叱りつけた。
「すみません。署長さんが、あまり急げ急げといわれましたし、それにまた、この車が思いがけなくとまりましたので」
「それはそうと、全員|総退却《そうたいきゃく》だ。何をぐずぐずしているんだ」
「ここまで来て、ひっかえすんですか」
 功名心《こうみょうしん》に燃えている武装警官隊は、山形警部一人だけに手柄をされてなるものか、署長が臆病風《おくびようかぜ》にとりつかれたら、自分たちだけでも突撃しようという意気ごみであった。
「ばか。命令だから引っかえせ。たった今、山形警部から、短波放送で連絡があった。あと十分もすれば、原子爆弾の爆発がおこって、あの研究所はこっぱみじんに吹っとぶんだ。おまえたちは、原子爆弾の恐ろしさが分からないか」
「えッ、原子爆弾ですか。それではわれわれもまごまごしていると、原子病にかかるわけですね」
「そうだ。そのとおり。さあ、引っかえそう」
 その時である。道の三百メートルばかり向こうで、ぱーッと物すごい土煙《つちけむり》があがった。
「さあ、ピカドンだぞ」
 検事も、署長も、警官隊も、あわてて道のそばの谷そこへ逃げ込んだ。
「どうも君、へんだよ。いまのは原子爆弾ではなさそうだぜ。まだ研究所の建物は、あのとおり、しっかりしているじゃないか」
 双眼鏡《そうがんきょう》で、おそるおそる研究所の方を見まもっていた検事が、そばの署長にささやいた。
「そういえば、なるほどそのとおりですね。どうしたんだろう」
 これがロケット砲弾の砲撃だった。署長のことばが終らぬうちに、第二弾がとんで来て、乗用車もトラックも、こっぱみじんに吹きとばされた。さいわいに、警官隊はみな車をとびおりて、穴の中や谷底《たにそこ》にかくれていたので、人間の負傷はなかったが、もうこうなっては一行も進退きわまってしまったのである。
 砲撃はますますはげしくなりはじめた。ところが、あまり狙《ねら》いが正確なので、かえって命には別条《べつじょう》がなかったのである。
 その時、研究所の屋上からは、ものすごい閃光《せんこう》とともに、緑色の流星《りゅうせい》のようなものが、まっすぐに中天高くとびあがった。
「おや、あれはなんだ」
「きっとV一号だぜ」
 その瞬間、砲撃がばたりとやんだかと思うと、大地もくずれるかと思われる大音響《だいおんきょう》とともに、目もくらむような赤・黄
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