かかっていないだけあって、中は空、何もはいってはいないのである。
「この部屋はだめだね。何もないよ」
「それでは別な部屋を探そうや」
 戸山少年は先に立って、部屋を出ようとするほかの少年をおさえて、廊下の様子をのぞいたが、思えばこれがよかったのだった。
 その時、右がわの三番めの部屋から、谷博士がぷんぷん怒ったような顔をして、ポケットに手をつっこんで出て来たのである。
 もし五人がここで見つかったら、どんなひどい目にあったかも知れないだろう。だが博士は、この部屋に五人の少年が、かくれていることには気がつかず、エレベーターの方へ行ってしまったのだった。
「しまった。みんな、たいへんなことになったよ」
 さすが元気にみちみちた、戸山少年も、その時はぞッとしたのである。
「どうしてなんだい」
「だって、博士がエレベーターへ乗って、上へあがってしまったろう。そして博士が実験室へ出てしまったら、エレベーターは上へあがりきりになるんだから、ぼくたちは帰るわけには行かないじゃないか」
 なるほど、このエレベーターは、ボタンをおすと、ちゃんとその階まで、あがったりおりたりするような、ありふれたものとはちがうのである。
「こまったな」
「みんなどうする」
 五人が頭をあつめて相談しても、これという名案は浮かばなかった。
「戸山君が、あんまりむちゃなことをやりだすから、こんなことになるんだよ」
「そんなことをいったって、いまさらどうにもしようがないよ。ここまでせっかく来たんだから、博士の出てきた部屋には何があるか、まずそれから探ることにしようじゃないか。そのうちには、また名案も浮かぶだろう」
 五人は部屋から飛びだして、いま博士の出てきた部屋の扉の前に忍《しの》びよった。扉の引き手を廻すと、さいわいにこれにも鍵がかかっていない。きっと、まさかここまで来る人間はあるまいというので、博士もゆだんをしていたのであろう。
 部屋の中には、大きな檻《おり》が一つおいてあるだけだった。そしてその檻には、大きなサルが一匹動きまわっていたのである。
 日本ザルではなく、オランウータンかチンパンジーの類かと思われたが、そのサルは五人の顔を見ると、とたんに檻の中で飛びあがった。そうしてうれしそうに、涙をぽろぽろとこぼしていたのである。
「おや、へんだね。サルが泣くなんてことがあるのかしら」
「きっと、目にごみか何かが、はいったんだよ」
「しかし、博士はこの部屋で、サルを相手に、いったい何をしていたんだろう」
 少年たちが、部屋の中を、きょろきょろと見まわしていた時だった。どこからか、「戸山君」と、少年の名を呼ぶものがあった。
「おや、だれか、ほくの名まえを呼んだかね」
「だれも呼ばないよ」
「へんだね。気のせいかしら」
「戸山君、ぼくだよ。ぼくが分からないかね」
 なんとなく、聞きおぼえのあるような声だった。だがどこから聞こえて来るかは分からない。
「戸山君、わかった。わかったよ。このサルが、君の名まえを呼んでるんだよ」
 一人の少年がおどろいたように叫びをあげた。ほかの少年も思わず、ふりかえって、檻の中のサルを見つめた。
「そうだ。やっと気がついたかね。よく助けに来てくれたね。ぼくだよ。ぼくが分からないかね」
 サルは鉄の格子《こうし》にすがりついて、気が変になったようにわめきたてているのだった。
「早くここから出してくれ。そうしないと、たいへんなことがはじまるんだ。早く、早く、この檻を開けてくれ」
「あなたはいったいだれなのですか」
 戸山少年は、恐《おそ》るおそる、このサルにおうかがいを立てたのである。
「ぼくは谷だよ。X号のために、こんな目にあわされたんだ」
 サルの答えは、五人の少年を、心から震《ふる》えあがらせたのだった。


   谷博士のものがたり


「あなたは、ほんとうに谷先生なんですか。それでは、いまここから出ていった、谷博士はいったい何者でしょう」
 戸山少年は、うんとおなかに力をいれて、十分念をおしたのである。
「わからないかね。君たちは、あれがX号の化《ば》けていることに気がつかなかったのかい」
 サルは檻の中で、じだんだふんでくやしがっている。
「でも、先生は、目をわるくして、ぼくたちの顔をごらんになったことがなかったでしょう。それによく、ぼくたちだということが分かりましたね」
 何しろ、いままで何度もだまされているので、戸山君もなかなかゆだんをしないのである。
「それはね、目は見えなくても、君たちの声はちゃんとおぼえていたし、それにX号が、君たちがこの研究所に来ていることを話してあったから、君たちがこの部屋へはいって来たときには、ちゃんとけんとうがついたんだよ」
 サルは怒《おこ》ったようだった。
「よく分かりました。だけど、この檻は
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