さか、いくらX号だといって、消えてなくなるわけはないだろうにね」
 この少年たちは、谷博士を、X号の化けたものときめこんでいるのだった。
「いや、きっとどこかに、秘密の抜け穴があるんだよ」
「でも、それなら、なんだよ。壁なり床のどこかに接ぎ目がありそうなもんじゃないか。このとおり、床は厚いコンクリートだし、壁もそのとおり、探すだけ、むだだぜ」
「そんなのあたりまえの考えかたさ。ここの建物は、まるで化物屋敷《ばけものやしき》だから、どこにどんなかくし戸や抜け道があるかも知れないよ」
 戸山少年は、あくまで自分の考えをすてようとはしなかった。
 だがいくら壁をたたき、床をはい、機械や戸棚のかげや下を探しまわっても、そんな抜け穴は、どこにも発見できなかった。
「とてもだめだよ。もしそんなものがあったとしても、ぼくたちにはぜったいに見つからないようになってるんだろう」
 少年たちは、もうすっかりのぞみをなくした様子《ようす》であった。
「ちぇッ、残念だなあ。どこかにあるにはちがいないんだがなあ。むかしのアラビアンナイトというおとぎばなしなら、こうして立って壁へ向かって、何か呪文《じゅもん》をとなえると、大きな岩が動きだして、宝のかくし場所への道がひらくんだぜ」
「どんなふうにするんだい。やってごらんよ」
「あの呪文はなんといったっけな。そうそう、たしかひらけゴマと叫ぶんだよ……」
「あッ、戸山君、壁が、……壁が動きだしたよ……」
 少年たちは顔色をかえて、身ぶるいしながらたがいに身をすりよせた。それもそのはず、戸山少年が、ひらけゴマ、という合言葉《あいことば》を口走った瞬間、目の前の壁がぽかりと音もなく、大きな口をあけたのだ。
「これだ。これだったんだ。あの物語と同じようにひらけゴマといえば、秘密の通路への入口がひらくんだよ」
「じゃあ、どうする」
「このままにしちゃおけないよ。いったんこうして入口が見つかった以上、最後の最後まで博士の秘密を見やぶってやろうじゃないか」
「よし、では行って見よう」
 戸山君のほか四人の少年は、恐ろしさにいくらか二の足をふんではいたが、戸山少年があまり元気がよかったし、X号の秘密を見やぶってやろうという好奇心《こうきしん》でいっぱいで、この中にどんな恐ろしいものが、かくされているかなどということは少しも考えずに、壁の中へとふみこんだのだった。
 だが、そこはまるで押入《おしい》れのようなせまい穴で、右も左も前も上も下も、みな行きどまり、どこへ行きようもなかったのだ。
「戸山君、これはだめだよ。きっとちがうところへはいったんだ。このとおり、中には何もないじゃないか。出ようよ」
「いや、きっとここには何かあるはずだ」
 そのことばが終るか終らぬうちだった。
「あなたがたはどこまで行くのですか」
 どこからともなく、ひくい声が聞えて来たのである。
「谷博士のところへ行きたいんだ」
 戸山少年は、どきょうをきめて、元気よく答えた。
「それでは戸をしめてください。ここをしめてもらわないと、私は動けませんよ」
 だれが話しているかは知れないが、人間のものとは思われなかった。
 ここまで来てひっかえしては、かえって怪しまれることになる。だがまぐれあたりで、壁の扉はひらいたものの、扉をしめる合言葉までは知らないのだった。だが、「ひらけゴマ」ということばで扉がひらいたのだから、あのアラビアンナイトの中の文句どおりに、「とじよゴマ」といって見たらどうだろう。
 こう思った戸山少年は、手をあげて叫んだ。
「とじよ、ゴマ!」
 その瞬間、音もなく、壁はまたもとのようにぴたりととじた。そしてその小さな部屋はたちまち、矢のように下におりはじめた。
 エレベーターだ。この部屋はそのまま、エレベーターになっていたのだ。そしてさっき話しかけたのは、このエレベーターだったのだ。
 何十メートル、いや何百メートルくだったのだろう。いつのまにか、建物の下の丘の中には、こんな深い穴が掘られてあったのだ。
 五六分もすぎたころだろうか。エレベーターはしずかにとまった。
「はい、着きました」
 こんどは何も合言葉をいわなくても、目の前の壁はしずかにひらいた。そして五人の目の前にはせまい廊下がつづいていた。


   人かサルか


 五人がその廊下へ出ると、うしろの壁は、音もなくとじた。
 さて、これからどこへ行ったらよいのだろう。廊下の両がわには、いくつも部屋が並んでいるが、博士がどこにいるかは、ぜんぜん分からなかったのだ。むやみに扉を開けてまわるわけには行かないし、それにまた、扉がかんたんにひらくかどうか疑問である。
 だがこうしていても、しかたがないから、ためしに一番手前の扉の引き手を廻してみると、扉は手ごたえもなくすーッと開いた。しかし鍵が
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