、喜助は述べてみたい理窟もないではなかったが、言い出したが最後、今度は肋骨の一本ぐらいは折られそうな一同の権幕に恐れをなして、唯下唇をブルブルふるわせるばかりで、すごすごと退場しなければならなかった。
 喜助は、重い足をひきずるようにして、叔父の家の二階へ、帰って行った。

        三

 二階の薄汚い彼の居間に入ると、彼は、耐《こら》えとおして来た悲しさと口惜しさとを一時に爆発させて、側《かたわ》らの硝子戸がビリビリ鳴り出したように思われるほど、大声を挙げて、泣いて泣いて泣きまくった。この室こそ彼にとって独占の天下であった。そこには誰も入ってくるものがなかった。叔父や叔母たちには彼の泣き声が耳に入らぬではなかったが、明日にさし迫った大熊老人の葬儀に供えるための、大青竹の花筒を急造したり、山のように到着した榊や花を店前に下ろしたり、それに続いて、その大花筒に花をさしわけたりする仕事のために、一分とその場を離れることができなかった。従って二階へ上って喜助を慰問してやることは、当分のうち全く不可能であるといってよい。喜助は、いよいよ落着いて泣きつづけた。
 だが、その快よい悲歎の泪
前へ 次へ
全21ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング