売れたろうと胸算用をする者もあった。
喜助は老人が病気になると、すぐさま勤めを休み、枕頭につめきって介抱をした。看護婦のよく行きとどいた世話振りよりも、喜助のヘマ[#「ヘマ」に傍点]な手伝いの方が、どんなにか老人を喜ばせたり、元気づけたりしたかしれなかった。老人がいつになく枕があがりそうもない様子であるのを見てとると、喜助には大熊老人がいよいよ懐しいものに思われて来た。老人の容態が一歩悪化すると、喜助の食慾も一椀がところ減退した。彼は科学者の教育をうけたに似ず、心の中で心あたりのある明神様だとか、観音様などを、それからそれへと、いくつも並べ唱えては、老人が全快に向うことを祈った。しかしその効目はすこしも現れて来る模様がなかった。もしや、老人が此儘死んでしまうようなことがあれば、自分はどんなに淋しい身の上になることであろうか、それは帰るべき塒《ねぐら》を失った仔鳥よりも、いく段か不見目《みじめ》であろうと思われる。仔鳥にはどこかに友達があるが、彼には凡《およ》そ力になって呉れる人物など見当らなかった。彼は恐怖に似た魔物が、背後の真暗からジワジワと忍びよってくるその衣ずれの音を、ハッキリ
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