行われるその時間に後を追いたい。乃木《のぎ》大将のことなどが急に思い浮んできて、彼はいい気持だった。(さて自殺の方法であるが……)と彼は頤《あご》の尖端を指先でつまんで、脳髄を絞ったのである。一生の思い出となることだから、何とかこう、薬学家らしい堂々たる死に方をしたいと考えた。毒物を盃に盛って、一と息に飲み下だし、盃がまだ卓子《テーブル》の上に、帰らぬ前に既に呼吸が止っているという彼の青酸|加里《カリー》も、実に管々《くだくだ》しい毒物には相違なかったけれども、それを実行した先輩も少くないので、独創を尊ぶ喜助の満足を得ることは出来なかった。それでは、毒草ストロファンツスを使うのはどうであろうか。これは研究所の標本室にあるのを覗いたことはあるが、こういう稀有な標本は、よろずインチキものが多い。もし死にはぐれたら大恥辱である。それでは――
(素晴らしい! それだ!)
 と思うような方法を突然思いついたのであった。彼は、金属ソジウムが水に会うと劇《はげ》しく爆発する性質のあるのを利用しようと思った。その金属ソジウムは中々高価な薬品なので、多量は手に入らないのが普通であるが、幸にも研究所へは先頃三十キログラムほど納入され唯今彼の許で試験をすることになっているから、これを持ち出して使えばよい。彼はその金属ソジウムを一度に爆発させるため、別に溜めて置いた水を一時にザブリと懸けようと思った。しかも直ぐ爆発するのは困るから、或る一定時間すると、自然に水槽の底が外れて、ザブリと金属ソジウムにかかるようにしたい、それには、砂時計の砂を水に代えたような仕掛けにし、水が少しずつ上部の容器から下部の容器に落ちて溜ってくる、するとこの下部の容器を水洗便所の水槽のようにし、或る水量の水が溜ったところで底が外れるようにし、更にその下の第三層に一ぱい詰めこんである金属ソジウムの函《はこ》にこの水が一度に懸るようにすればよい。
 それに、これは全く奇想天外の名案だと思うが、この一切の装置を、お葬式に使う花筒のなかに仕掛けるのだ。どうせ、明日は、叔父の一家は総出でお葬式の手伝いに出かけてゆくだろうから、自分ひとりが留守番にのこることになろう。そのとき榊の花筒の一個を特別に残して置いて貰って(これ位の頼みなら、叔父叔母はたやすく叶えて呉れるにきまっている。いけないと云えば、金を出して買いとることにしてもよいではないか)これを身体の傍に立てて置き、丁度よい時間に爆発させる。
 すこし心配になるのはその爆発の力であるが、無論自分を殺すのには充分であろうが、炸裂力は必要以上に劇しくて、ひょっとすると、この花久の店を粉微塵に吹きとばしてしまうかもしれない。これは叔父叔母に対して申訳のないことである。だがまァいいや、大したことはあるまい。
 喜助は、目に見えて、急に元気づいて来たのだった。

        四

 花久の店には、静かに黄昏《たそがれ》の淡い光が漂っていた。そのうすぐらい土間のうちは、広々と綺麗に片付けられてあったが、その中央とおぼしきあたりに、一台の大きな花筒が立っていた。そしてその花筒のすぐ後に、小さい台を据えて喜助がチョコンと腰を下ろしていた。こちらから見ると、喜助は、なにかしきりに耳を傾けて物音を聞いているらしい様子であった。
「…………」
 ポトリとも何とも音はしなかった。
 喜助はハァと溜息をついた。
 しかし、又耳を筒の方へ近づけた。今度は何か微《かす》かな物音がきこえるらしい。喜助はゴクリと唾を呑みこんだ。そうしたら、今までしていたと思った物音が、パッタリしなくなった。耳の加減らしい。
 喜助は、更にまた大きく、ハァーと溜息をついた。
 太い青竹でこしらえた花筒の表面に眼を近づけて丁寧に調べてみた。もう金屬ソジウムが水分を引いて発熱し、竹筒の青い色がすこし変ってきては居ないかと思ったのであるが、別にまだ異状は認められなかった。
 喜助はこの爆発装置の設計に、欠点があったのに気がついた。何故もっと大きい滾《こぼ》れ孔《あな》を作って置いて、筒の外から、こう耳を近づけると、ポトリポトリと上部洞から、下部洞へ水の落ちてゆく音がよく聞えるように作らなかったのであるか。このように孔が小さくては、爆発の刹那まで水滴の落ちる音はしないかも知れない。それでは唐突に爆発することになる。これは気が気でないぞ、と考えると、背筋が急に冷くなって、身体がガタガタと細《こまか》く震えだした。
 時計を出してみた。予定の爆発時間までは、もうあと五分しかない。だが五分間あると思って落ちついていることは許されないのだ。すこし位のことは計算の誤差で、後や前になるかも知れないのだ。もう目を閉じて、神に祈りを捧げるのがよい頃合であろうか。
 喜助は、口を大きく開いて、苦しそうにハァハ
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