るわけにもいかないので、わたくしは、藤田師を煩《わずら》わして、わたくしの人相を見てもらった。もしや何か異様ある人相が現われていないかしらと、思ったのである。
 すると、藤田師は御自分の皺《しわ》が、隅田川のように大きく見える天眼鏡をもって、わたくしの顔を穴のあくほど見ていたが、やがて彼は、俄かに愕《おどろ》きの色をあらわし、おそろしそうに身を引いた。そして改まった口調でいいだしたことである。
「ふうむ、君の人相を仔細に見たのは今が初めてであるが、君の人相は天下の奇相《きそう》であるぞ。愕いたもんだ」
「なんだね、その奇相というのは……」
 わたくしは、いささか気味がわるくなって、問いかえした。すると藤田師は、平生のぐうたら態度に似合わず、きちんと膝に手を置いて、
「むかしわれ等の先輩の一人は、草履取《ぞうりとり》木下藤吉郎の人相を占って、此《こ》の者天下を取ると出たのに愕《おどろ》き、占いの術のインチキなるに呆《あき》れ、その場で筮竹《ぜいちく》をへし折り算木《さんぎ》を河中に捨て、廃業を宣言したそうであるが、その木下藤吉郎は後に豊太閤となった。だが、わしは今、この天眼鏡と人相秘書と
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