あきれた二人達れだろう。自分たちの話に夢中になって、わたくしの突《つ》き当《あた》ったことに気がつかないのだ)
 だが、待てよ、どうも腑《ふ》におちぬことがある。まさか、二人の目の前にわたくしが立っているのであるからして、それに気がつかぬというのはおかしい。どうもおかしい。
 わたくしは、とてもへんな気持で、またそのまま、くぬぎ林の中を歩いていった。月光は、梢《こずえ》の間から草の上にもれて、ちらりちらりとひかっていた。
 すると、わたくしは、また新しい一組の若き男女が、林の奥から、しずかな歩調でもって出てくるのを見つけた。
(なんと、二人連れの多い夜だろう)
 と、わたくしは、最初|憂鬱《ゆううつ》になり、ついで憤慨した。
(ついでに、こいつ等にも、ぶつかってくれよう!)
 わたくしの邪心は、勃々《ぼつぼつ》としておさえがたく、ついにまたしても、新来の男女が、ぴったりとより添っているあたりを目がけて、どすんと突き当った。その効果は、どうであったか。
 その結果は、びっくりしたのは、わたくしの方であった。
 なぜなれば、かの両人は、
「あら、およしなさいよ、松島さん」
「あれッ、ひどいよ、君ちゃん。君の方が、ぶつかっておいて……」
 と、互いに相手がぶつかったと信じ合い、とうの昔に、両人の間をすりぬけて、そのうしろに立っているわたくしの存在には、一向に気がつかない様子だった。
 これには、わたくしも、
(おやッ、これはへんだぞ!)
 と、思わずつぶやいたことである。
「あれえ、誰かいるわよ」
「さあ、誰もいやしないよ」
「あら、誰もいないのね。いま、へんだぞとかなんとかいったように思ったけれど……」
 両人は、わたくしの方に顔を向けたまま、そんな風に話しあった。しかもわたくしのいることについて、全然気がつかないようであった。
 そこでわたくしは、襟筋《えりすじ》が、ぞーッと寒くなったのを、今でもよく覚えている。
(へんだ。前の二人も、今の両人も、どうやらわたくしのいるのに気がつかないようだ。そんなことがあっていいかしら)
 わたくしは、だんだん気がへんになってきた。胸はどきどきとおどってきた。気が変になりそうになった。
 わるいと思い、おそろしいとも思ったけれど、わたくしは、つづいて第三の一組に対しても、ためしをやってみた。その結果も、また実にかなしむべきものであっ
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