って、びっくりした。それは、くぬぎ林の中から、急に人間が出て来たのである。人数は二人であった。一人は若い男で、他の一人は若い女であった。
二人は、何か早口で喋《しゃべ》りながら、こっちへやってきた。わたくしはそれを見て、少々|癪《しゃく》にさわった。そういう気持は、誰にでも判るであろう。わたくしは、わざと意地《いじ》わるく二人の邪魔になるように歩いていった。若き男女は、わたくしの悪意を間もなく見破って、横にさけるであろうと、わたくしは予想していた。ところが、わたくしが近よっても、二人の男女は、一向にわたくしをさけようとはしないのであった。これには、わたくしも腹を立てて二重に癪にさわったことであった。
そのままわたくしが前進すれば、必ず二人の男女にぶつかるしかない。相手は、あいかわらず一直線に近づいてくる。それを見て、わたくしは、こっちで道をさけようかと思った。しかしわたくしが道をさけるいわれは一向にないことに気がついた。相手は二人でたのしんでいるのである。われは一人で一向楽しんでいない。しからば恵まれたる彼等は、恵まれざるわれのために道をゆずるぐらいのことはしてもよいではないか。
そう思ったわたくしは目をつぶらんばかりにして前進した。
(あぶない!)
どすんと、わたしの身体は、若き男の方にぶつかった。
「あいたッ」
と、その若き男は叫んだ。そしてよろよろとうしろによろめいた。(倒れるか、気の毒に……)と思ったのは、わたくしの思いあやまりで、かの若き男は、ぐっと一足をついて体勢をたてなおした。
「おや、へんだな。――そして僕は伯父にいったんだ。僕はこれがうまくいかなければ……」
と、早口で喋るのは、その若き男であった。
「あら、どうしたの、今? あんた倒れそうになったじゃないの」
と、若き女がいった。
「ああ、なんだか身体が、あんな風になっちゃったんだよ。もういたくも何ともないよ。――それで僕は伯父に……」
「だけれど、へんね。まるで、目まいでも起こしたようだったわね」
「なあに大したことはないよ。僕、このごろすこし神経衰弱らしいのでね」
そういいながら、二人の若き男女は、呆然《ぼうぜん》たるわたくしをのこして向うへいってしまった。
わたくしは草原へすわりこんだまま、しばし二人の後姿を見送っていた。
(なんという暢気《のんき》というか、鈍感というか、
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