み》、山崩れ、食糧問題、治安問題などが、いたるところに起っているのであろう。日本全国が、今や恐るべき天災のために、刻々とくずされ、焼きつくされ、そして大洋の高潮に洗われていることであろう。
 救援は、誰がする?
 関東震災のときは、関西、東北、九州、北海道をはじめ、日本各地からの救援の手が、さしのべられた。しかしこんどの驚異的大震災は全国に拡がっているから、国内同士では、救いの手を伸ばしようがない。自分たちが、まず救われたいのであったから。
 関東震災のときは、外国からの救援があった。アメリカなどは、慰問品を軍艦につんで、急派してくれたものだ。
 アメリカは、今度も、そのような同情を寄せてくれるであろうか。
 アメリカに、それは望めないとしたら、ソ連はどうであろう。南米はどうであろう。また中華民国や、大南洋はどうであろうか。
 植松総監は、この緊急の事態に面して、はなはだ不本意ではあるが、外国からの救援に、焦けつくような望みをかけたのであった。
 ところが、だんだんと外電が入ってくるにおよんで、それはいっさい、望み得ないことが分ってきた。
 なぜであろうか?
 理由は、日本内地と同じことであった。というのは、それらのどの国々においても、空前の大地震が起こり、新しい火山の活動となり、日本と同様に、極度の混乱をきわめているという事情が判明したのであった。
 地球は、陸といわず海といわず、その全面より、大噴火を始めたのであった。有史以来の大異変が襲来したのであった。


     志々度博士の訂正

 崩壊しつくした警視庁跡に、大きな天幕が、いくつも張られてあった。
 植松総監は、その天幕の一つの下で、壊れたコンクリートの塊の上に腰をかけ、そこに集まった四名の人物の顔を、ずーっと見まわした。
「この前も、お集まりをねがったが、また例の北見博士の件ですがな、ぜひご意見をおきかせねがいたい」
 この一カ月の苦闘が、総監の頬を、げっそりと削ってしまった。
 その前に、やはりコンクリートの塊に腰を下ろしている四名の人物も、この前とはちがって、別人のように、顔色もわるく、眼《まなこ》ばかり大きい。
 この四人は、一人は、警視庁の精神病部長の馬詰博士、他の一人は、警務部長の多島警視、もう一人は、総監と同郷の帝大理学部教授の青倉博士、残りの一人は、気象台技師の志々度博士であった。
 この前、総監の信頼するこの四名の権威者は、北見博士の取調べに、肩書を秘して立ち合ったのであった。彼らは、例の地震に遭って、危いところで、それぞれの生命を拾ったが、そのとき総監に答申したものは何であったかというと、
「北見博士は、精神病者だと認める。第五氷河期が近く襲来するという博士の説は、ぜんぜん根拠がない。いったい、氷河期の原因として考えられることは、四つある。第一は、地球軌道楕円率の変化があって起る場合。第二は、地軸の移動によって起る場合、第三は、太陽熱の変化によって起る場合。それから第四は、地殻の変動によって起る場合。さて、現在の状況を、この四つの原因にひきくらべてみるのに、第一乃至第三は、いずれも明らかに、現在の状況にあてはまらない。ただ第四の地殻の変動なるものが、わずかに現在の場合と関係があるらしく思われるが、しかしこの第四の場合は、学界でも、あまり人気のない学説である。というのは、地殻の変動によって地球が冷え、それで氷河期が起るものならば、有史以来これまでに四回の氷河期があったが、いずれの場合も、地球はいったん氷河に蔽われながらも、いつか氷が融けて、今日と同じく、地球の大部分は氷がなくなっている。もし、本当に地球が冷えたものだとすると、前の四回の氷河期ののち、氷が融けた[#「融けた」は底本では「触けた」]ことが、ふしぎである。まあ、そんなわけで、地殻の変動のために氷河期が来るという学説は、すこしおかしいところがある。要するに、自分たちの考えでは、現在活発なる活動をつづけている世界的噴火が、今後勢いを減ずることなく、このまま、百年も二百年もつづくのでなければ、氷河期は決してやってこないであろうと思う」
 これが、四人の権威者から得た結論の綜合であった。
 それを聞いたとき、総監は、なるほどと感心し、そして安堵したのであった。このうえは、北見老博士を精神病者として、どこかの病院に収容すれば、それでこの問題は解決するであろう。もちろん氷河期は、決して来るまいと、そのときは考えたのであった。
 ところが、それからこっちへ、一カ月の日が流れ、その間、総監は帝都の治安に文字どおり寝食を忘れて努力していたが、昨日、思いがけなく、総監は、北見博士の娘であるという北見氷子女史の訪問をうけたのである。
 氷子女史は、ハンドバッグの中から、一枚の用箋を出して、これが父からの用事
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