であるといって、さし出した。
 総監がうけとってみると、それは全部片カナで書いてある電文であった。その大意は、
「総監閣下よ。余は、最近の地球異変が、いよいよ近く第五氷河期の招来を予告するものなるを信ずる次第なり。仍《よ》りて余は、わが日本民族の一部を救済せんとの目的をもって、ひそかにその事業を進行中なり。されども資金枯渇のため、思うにまかせず。あと一万人の日本人を収容する資金として、金二千万円を至急愚娘氷子にまで交付されたし。なお、その他のことにつきては、絶対に質問したまうことなかれ。北見生」
 というのであった。
 総監は、この文面を読んで、愕き、かつ呆れた。二千万円の無心状であった。一万人の日本人を救うというのは結構だとしても、その使い方もわからないのに、二千万円を支出するのはちょっと不可能なことである。総監は、北見博士の使者だという婦人に対し、即座に断ろうかとも考えたが、いやとにかくこういう重大時期に際し、自分一存で事を行うは危いと考え、氷子女史に向う五日間の猶予を乞うたのであった。そうしておいて、総監は、今日、四人の権威者に、また一堂に集まってもらったのである。
「まあ、こういう次第だが、送金するかどうかということはともかく、その後氷河期が来るか来ないのか、何か新しい予想でも立ちましたかな」
 総監は、そういって、一同の顔を見わたしたのであった。
 すると、青倉教授は、即座に、
「私の考えは、いっこうに変更なしです」
 と断言した。精神病部長の馬詰博士は、
「こんなことをいってくるようでは、北見さんは、いよいよ精神病者ですよ」
 と、これも北見博士に不利な証言をした。
 中央気象台の志々度博士は、考え込んだまま、口を開こうとはしない。多島警視も唇を噛んで黙っている。
「あとのお二人の意見も聞かせてもらいたいものですね。まず、志々度博士のお考えを」
 催促されて、志々度博士は、前回とはちがって、深刻な表情で、
「実は、そのことについて、私は迷っているのです。というのは、前回においては、私は氷河期が来るという北見博士の説を一蹴しましたが、最近になって、少し気になることを発見して、迷っています」
「ほう、気になる発見というと……」
「それは、世界各地からの気温報告を統計によって調べてみますと、例年同期に比して、平均七度の降下を示しています」
「なるほど」
「ところが、われわれは、それほどの気温降下を感じていないのです。これは噴火等などのため地殻の温度が上がり、従ってそれほど気温降下のあるのを感じていないのであります。気温はかなり下っています。しかも平均七度というのは、世界全体を通じての観測結果なのですから、たとえば、日本だけとか、支那大陸だけとかいうのではなく、世界の平均気温が寒冷になっているというのですから、これはちょっと注意すべきことではないかと思うのです」
「しかし志々度君。その気温が七度下っているというのは、一時的現象ではないのかね。つまり太陽の黒点が急に増えたとか、そこへもってきて、噴火の煙で、太陽が遮られて、気温が下るとか……」
「そうです。私は、その噴火の噴出物が空を蔽って、気温が降下しているという説には賛成なんですが、今、青倉先生は、これを目して一時的現象といわれましたが、私は、これが相当長くつづくのではないかと心配する者です。従って、気温は、さらに低下していくのではないか」
「そんなことはないだろう。噴火は局部的だ。そして、噴出物の灰は、今もどんどん落下して、地上に堆積しつつある。だから、今後それほど顕著な気温降下はないと思う。それに地殻の変動によって、大地の温度がうんと上昇しているから、まるで炬燵《こたつ》をかかえているようなもので、地表は春の如しさ。心配はあるまい」
 青倉教授は、楽観説を持している。
 総監は、首をひねって、志々度博士の方を盗み見た。
「私は、青倉先生ほど、これを楽観的には考えられないのです。噴出物は、相当おびただしい量にのぼっています。空中へ舞い上ったものが、なかなか下へ落ちてこないようです。つまり、空中には火山灰の量が日増しにふえてくるように思います。確実な計算はできませんが、この調子でいくと、やがては、全世界の空が、暗曇程度に蔽いつくされるのではないでしょうか。すると太陽の輻射熱は、少くとも五、六十パーセントを失うようになる。悪くすれば、八十パーセント以上を失うかもしれない。それが毎日続いたとすると、これは一大事ではないかと思う。この前、北見老博士の説を、私は一笑に附しましたが、この頃になって、私は、老博士の説が、ある程度事実に近いと思うようになったのです」
「いや、それは、思いすぎだ」
 青倉教授は、あくまで志々度博士の説を否定したのだった。


     老博士の怪行動


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