この思切った大脳手術を乞《こ》うた。幸《さいわい》に先生は大きな同情をもって快諾し、そして私の注文通りの手術を行ってくれた。それから幾日経ってか、私が気がついたときは、私は一頭のゴリラになり果てていた。そして従来に例なき安楽な気持と溌溂たる精力とをもって、檻の中より動物園入場者の群を眺めて暮らす身の上とはなった。桜の花片《はなびら》は、ひらひらひらと、わが檻の上より舞落ちるのであった。私は生れて始めての安楽な生活に法悦《ほうえつ》を覚えた。
 そういう楽しい生活が無限に続いてくれることを祈っていた私だが、入園後まだ浅き或る日のこと、私の楽しい気持は突然|剥奪《はくだつ》されるに至った。それは私の檻の前に立った一人の見物人を見上げたときに起ったことである。そのとき私は思わず、があがあと叫んで牙を剥《む》いたものである。
 その男――わが檻の前に立ち、熱心にこっちを覗《のぞ》いているその男――その男の顔、肩、肉づき、手足、全体の姿、そのすべてがなんと曾《か》つての本来の私そっくりであったではないか。私はその瞬間、万事を悟《さと》った。
(貴様だな、俺の両脚から始めて両腕、臓器、顔などと皆買
前へ 次へ
全35ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング