替えたのであった。只《ただ》そのような際に、常に守ったことは頸から上のものについては一物も売ろうとはしないことだった。顔を売ってしまえば、私の看板がなくなるわけだから、どんなことがあろうと、これだけは売ることはできない。
 欠乏と懊悩《おうのう》を背負って喘《あえ》ぎ喘《あえ》ぎ、私は相も変らず巷を血眼《ちまなこ》になって探し歩いた。しかし運命の神はどこまでも私に味方をせず、珠子とその仇《あだ》し男の姿を発見することはできなかった。私は毎夜遅く、へとへとになって住居《すまい》へ転げこむように戻るのが常だった。
 鳴海の奴は、相変らずやって来ては、頭の悪いお祖母《ばあ》さんのような世話を焼いたり、忠言を繰返した。
「君も莫迦《ばか》だよ。いくら珠子さんは美人か知らないが、あれが生れながらの美人なら、それは君のように追駈け廻わす価値があるかもしれない。しかしよく考えて見給え、そんな価値はありやせんよ」
「生れながら、どうしたって」
「そこなんだ。いいかい、珠子さんという人は瀬尾教授とも古くから親しくしているんだぜ。或る人の話によると、珠子さんは以前はあんな美人じゃなく、むしろ器量はよくない
前へ 次へ
全35ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング