るぞと、私は深く心に期するところがあった。そしてそれからは毎日のようにH街に出ばって眼を光らせた。
 もちろん珠子からの手紙は、その翌日も、その翌々日も、それからずっと後になっても、遂に来なかった。またH街の監視も一向効果がなく、珠子たちの姿を一度も見付けることができなかった。
 それから相当たっての或る日のこと、私の許へ一通の無名の書状が届けられた。私はそれと見るより、この書状の中に、私の求める重要なニュースが書きつけられてあるのを察することができた。
 開封してみると、それは果して怪しい文書であった。全文は、邦文タイプライターによる平仮名書であった。その文に曰く、
“やみかわ[#「やみかわ」に傍線]、きちんど[#「きちんど」に傍線] に けいこくする。こみや[#「こみや」に傍線]、たまこ[#「たまこ」に傍線] は、きみのうつくしいあしを、わかみや[#「わかみや」に傍線]、どんちき[#「どんちき」に傍線] よりかいとった。そしてそのあしは、かのじょのかねてあいするおとこへささげられた。こんごゆだんをすると、とんでもないことになるぞ。はやみみせいより”
 予感は適中した。珠子は私の脚を和歌宮先生から買取り、そして彼女が予《か》ねて愛する男へ捧げられたという。今後油断をすると飛んでもないことになるぞ、早耳生――というのだ。
 珠子にかねて愛する男があったとは、私の方で否定するわけには行かぬが、先頃遊覧中は、そんなことはおくびにも出さなかった珠子だった。そして今、私の大事にしていた脚を彼女が買取ってその男に捧《ささ》げたとは何たる事か。私に脚を売払えとしきりに薦《すす》めたのは余人ならず珠子であったではないか。そして私に売却させて置いて、後でそれを自分で買取って予ねての愛人への贈物にするとは、実に許しがたい暴状である。
 それにしても、彼女の予ねて愛する男とは何者であろうか。彼は今、珠子から私のあの美しい脚を贈られてそれを移植し、いい気持になっているのであろう。何と私は莫迦者《ばかもの》あつかいされたことか。ああ、それで読めた。外科手術の大家たる瀬尾教授と彼女が並んで歩いていたのも、その脚の移植手術を教授に頼んだものに違いない。
 私は憤激《ふんげき》の極に達した。時間の推移と共に、私の頭は痛みを加え、胸は張りさけんばかりになった。
(このまま見逃すことはできない。何が何でもその男を引補え、珠子に思い知らせてやらねばこの腹の虫がおさまらない!)
 私は遂に復讐の鬼と化《か》した。

   凩《こがらし》の夜店

 復讐の鬼と化した私は、前後を忘《ぼう》じ、昼といわず夜といわず巷《ちまた》を走り廻った。もちろんその目的は、珠子と、私の生れついたる美しい脚を騙取《へんしゅ》したる――敢えてそういうのだ――その男とを引捕《ひっとら》えるためであった。
 が、珠子とその男とは、なかなか私の視界に入らなかった。その二人は、巷を歩かないわけではなく、私はたびたび珠子とその男の姿を見かけた話を耳にした。しかも私の不運なる、遂に両人に行逢《ゆきあ》うことができないのであった。
 私は自暴自棄《じぼうじき》になって、不逞《ふてい》にも和歌宮先生の許へ暴れ込んだ。私は悪鬼につかれたようになって、先生を診察台の上へねじ伏せると、かの私の生れついた美しい両脚を珠子づれに譲渡したことを詰《なじ》った。しかし先生は、私の無礼を咎《とが》めもせず、静かな声で、一旦君から買取った上はこれをどう処分をしようと私の自由であり、君は文句をいう権利がない旨《むね》を諭《さと》した。私は先生の咽喉《のど》を締めあげた腕を解き、その場に平伏《へいふく》して非礼を詫《わ》びるしかなかった。そしてその日、私は私の両の腕を先生に買取って貰ってから、そこを辞した。値段は百十五万円であるから、普通以上のよい値段であった。その代りに私は八千五百円を投じて割安な轢死人《れきしにん》の両腕を譲りうけ、それを移植して頂いた。で、手取りが百十四万千五百円也となった。これだけあれば、当分生活に困らない。
 こういう呪《のろ》わしき境遇に追込まれた者の常として、平面無臭の生活ができないことは首肯されるであろう。私の場合においてもこの例に漏《も》れず、日夜刺激を追及し、その生活は次第に荒《すさ》んでいった。その行状は、ここに文字にすることを憚《はばか》るが、私の金づかいも日と共に荒くなり、両腕を売飛ばして懐《ふところ》に持った百十四万余の大金も、そう永からぬ期間のうちに他人にまきあげられてしまい、私はまた金策に苦労しなければならなくなった。そして結局は、酒の勢いに助けられて和歌宮先生の門に飛込み、或いは心臓を売り、或いは背中一面の皮膚を売りなどして、内臓といわず何といわず、次から次へと売飛ばして金に
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