相|卜《うらな》いの店を張ろうというのだった。そして腰をどっしりと落付けて、かの両人の見張を行おうとするのだった。
私はこの夜店の委員会の認可を受けた上で、黒の中折帽子に同じく黒い長マントを引摺《ひきず》るように着て、凩の吹く坂道の、小便横町の小暗《こぐら》き角《かど》に、お定《さだ》まりの古風な提灯《ちょうちん》を持って立商売《たちしょうばい》を始めた。始めの二三日は、むしろ楽しきことであったが、四日五日と経《へ》て行くうちに、この商売が決して楽なものではないと分った。いやむしろよほどの体力がないとやれない仕事だと分った。しかし私は屈《くっ》しなかった。
風邪を引込んだが、私は休まなかった。水洟《みずばな》を啜《すす》りあげながら、なおも来る夜来る夜を頑張り続けた。さりながらその甲斐《かい》は一向に現われず、焦燥《しょうそう》は日と共に加わった。珠子とあの仇し男とは、余程巧みに万事をやっているらしい。
ところが突然、一つの機会が天から降って私の前へ落ちて来た。それは立商売を始めてから四週日の金曜日の宵《よい》だったが、坂の上の方から折鞄《おりかばん》を小脇に抱えた紳士が、少しく酩酊《めいてい》の気味でふらふらした足取で、こっちへ近づくのが何故か目に停った。
「あ、瀬尾教授!」
おお、間違いなく瀬尾教授だ。このとき私の頭脳に稲妻の如く閃《ひらめ》いた一事がある。
(ははあ、この先生のことかもしれぬ。私はうっかりこの先生と珠子との結びつきを忘れていたぞ。そうだ、珠子から私の脚を贈られたのは、この瀬尾教授かもしれない。よし、今それを改めてくれるぜ)
私の胸は踊った。後は何が何やら夢中である。もう恐さも恥かしさもない。私は狂犬のように横町から飛出していって、いきなり教授の腕を捉《とら》えた。それから教授をずるずると横町へ引張りこんだ。それから隠し持ったる小刀で、教授のズボンを下から上へ向ってびりびりと引裂いた。そして教授の長い脛をズボン下から剥《む》き出すと、商売ものの懐中電灯をさっと照らしつけて、教授の毛脛《けずね》をまざまざと検視した。
「うわっ、た、助けてくれ」
教授は教授らしくもない大悲鳴をもって、このとき助けを求めた。さあ、たいへん。忽《たちま》ち人の波が私たちの方へ殺到した。これはしまったと、私は提灯も懐中電灯もそこに放り出すと、一目散に暗い小路を
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