替えたのであった。只《ただ》そのような際に、常に守ったことは頸から上のものについては一物も売ろうとはしないことだった。顔を売ってしまえば、私の看板がなくなるわけだから、どんなことがあろうと、これだけは売ることはできない。
 欠乏と懊悩《おうのう》を背負って喘《あえ》ぎ喘《あえ》ぎ、私は相も変らず巷を血眼《ちまなこ》になって探し歩いた。しかし運命の神はどこまでも私に味方をせず、珠子とその仇《あだ》し男の姿を発見することはできなかった。私は毎夜遅く、へとへとになって住居《すまい》へ転げこむように戻るのが常だった。
 鳴海の奴は、相変らずやって来ては、頭の悪いお祖母《ばあ》さんのような世話を焼いたり、忠言を繰返した。
「君も莫迦《ばか》だよ。いくら珠子さんは美人か知らないが、あれが生れながらの美人なら、それは君のように追駈け廻わす価値があるかもしれない。しかしよく考えて見給え、そんな価値はありやせんよ」
「生れながら、どうしたって」
「そこなんだ。いいかい、珠子さんという人は瀬尾教授とも古くから親しくしているんだぜ。或る人の話によると、珠子さんは以前はあんな美人じゃなく、むしろ器量はよくない方だった。それが急に生れかわったような美人になったんだそうで、そこにはそれ瀬尾教授の施《ほどこ》した美顔整形手術の匂いがぷうんとするじゃないか。そういう人為的美人に、君という莫迦者は愚かにも純粋の生命と魂を捧げているんだ。いわば珠子さんは、雑誌の口絵にある印刷した美人画みたいなものだぜ。そういうものに熱中する君は、よほどの阿呆《あほう》だ」
「……」
 これは痛い言葉だった。私は終日不愉快であった。鳴海の奴は、私の熱愛していた偶像を滅茶滅茶《めちゃめちゃ》に壊してしまったのだ。私はそれ以来一層不機嫌に駆《か》りたてられた。こうなれば珠子に対する愛着は冷却せざるを得ないが、その代り珠子が私の脚を仇し男に贈ったという所業に対する怨恨《えんこん》は更に強く燃え上らないわけに行かなかった。
「よし、こうなればたとえ骸骨《がいこつ》となっても、彼《か》の仇し男を引捕えてやらねば……」
 その頃|丁度《ちょうど》或る筋から、珠子とその仇し男らしき人物とが、K坂の夜店に肩を並べて歩いていたという話を聞込んだので、私は新しい探求手段を考えついて早速実行することにした。それは私もK坂の夜店に加わって、手
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