最早《もはや》だめですぞ」
 醤は、老師に詰めよっている。
 老師は眉をあげ、卓子をどすんと打った。
「まあそう焦《あ》せるな。あの手この手と、まだやることはたくさんある」
「この上、金の奴に一分間でも余計に生きていられては、余《よ》の面目《めんもく》にかかわる」
「さわぐな。いよいよ今日は彼を貴賓《きひん》の間に入れることにしたから、こんどは大丈夫だ」
「ああ貴賓の間ですか。それは素敵だ。見たいですな、中の様子を……」
「見たいなら、見せるよ。こっちへ来なさい、テレビジョン器械をのぞけば、貴賓室の模様は、手にとるように分る」
「おお、それはいい」
 王老師に案内されて、醤はテレビジョン室に入った。高圧変圧器《こうあつへんあつき》がうーんと呻《うな》り、室内が真暗《まっくら》になると、ブラウン管の丸いお尻が蛍《ほたる》のように光りだして、やがてその上に、貴賓室の内部がありありとうつりだした。
「ほら見ろ。何も知らず、金博士のやつ、今入ってきたわ」
 博士は入口の扉をあけて、部屋の中へ入った。そして扉のハンドルを押して、扉をしめた。
 とたんに、高声器から、だだだだンと、はげしい機関銃の音が聞え、画面で見ていると、扉と向いあった壁から濠々《もうもう》と[#「濠々《もうもう》と」はママ]煙が出て来た。要《よう》するに、それは扉をしめる拍子《ひょうし》に自動式にそこを狙って前の壁の中に仕掛けてある機関銃が一聯の猛射を行《や》ったものである。これが普通の人間なら、まだ扉のハンドルを外《はず》さないうちに、背中から腰部《ようぶ》へかけて、蜂の巣のように銃弾の穴があけられること間違いがないのであったが、金博士には、それが一向筋道どおり搬《はこ》ばない。博士は、平気な顔で、ちょっと自分の尻をがさがさとかいただけであった。
 この光景を見て、醤は怒り、王老師はなげいた。
「王老師、あれは弾丸《たま》ぬきの機関銃を撃ったのですかい」
「おお醤どの。ふしぎという外《ほか》ない。しかしまだあの部屋には、かずかずの始末道具《しまつどうぐ》があるから、まだ失望《しつぼう》するのは早い」
 室内の金博士は、のっそりと、シャンデリアの下に立った。すると、矢庭《やにわ》にそのシャンデリアがどっと音をたてて、金博士の頭の上に落ちてきた。金博士の頭蓋骨《ずがいこつ》は粉砕《ふんさい》せられ、こんどこそ息の根がとまったろうと思われたが、あにはからんや、粉砕したのはシャンデリアだけであった。博士は相変らず、銅像のように部屋の真中《まんなか》に突立《つった》って居り、そして、首にかかったシャンデリアの枠《わく》を、面倒くさそうに外して床の上に放りだしただけであった。
「王老師。見ましたか。あれではシャンデリアが饅頭《まんじゅう》の皮で出来ているとしか思えないですぞ」
「ばかいわっしゃい。あの落ちた音で分るが、大した重さのものだ。ほほ、注意、博士が椅子に坐るぞ」
「椅子に坐ることが、何か重大なる意味があるのですか」
「まあ、黙って見ていりゃ分る」
 金博士は、散乱した硝子《ガラス》の砕片《さいへん》を平気で踏んで、窓際に置かれてある安楽椅子に腰を下ろそうとして、椅子に手をかけた。
「ほら、腰をかけるぞ」
 金博士がその安楽椅子の上に腰を下ろすのが眺められた。とたんに、あーら不思議、博士の身体はぶーんと呻《うな》りを生《しょう》じて空間を飛び、大きな音をたてて壁にぶつかった。
「ほら、あれを見たか。あれが、叩きつける“椅子”じゃ。あれでは硬い壁に叩きつけられて、生身《なまみ》の人間は一たまりもあるまい。可哀《かわい》そうに死んだか」
「王老師、壁に穴があきましたよ。人体《じんたい》の形をした穴です」
「何じゃ」
「そして金の奴の姿が見えませんぞ。あっ、あの穴から、部屋の中をのぞいています。王老師、金は自分の身体で壁をぶちぬき、無事に廊下にとびだして、部屋の中をじろじろみているのですよ。可哀そうに死んだかも何もあるものですか」
「ふーん、これは想像に絶して、あの金博士め、手硬《てごわ》い奴じゃ」
 この某国大使館の、いろいろある始末機関をそれからそれへと動員して使ってみたが、どういうわけか、たった一人の博士を片附《かたづ》けることは仲々|容易《ようい》に成功しなかった。
「王老師、どうしてくれる」
「待て、せっかちな!」
 今や醤買石と王老師の間柄は、湯気《ゆげ》の出るほど切迫《せっぱく》していた。
「もう一つ、やってみることがある。これなら、きっとうまくいく」
「どうだかなあ、信用は出来ん」
「いや、これは確実だ。火薬炉《かやくろ》の中につきおとして密閉《みっぺい》し、電熱のスイッチを入れて、じゅうじゅう焼いてしまうのだ」
「本当にそのとおりいくのなら、大したものだが……
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