そしてのこのこと立ち現れて、部屋の真中に立っている服装正しい博士と対座した。二人の博士。一体これはどういうわけであろうか。
 裸の博士は、そこで大きな欠伸《あくび》を一つしたが、それから両手をさし出して、服装正しい博士の身体にさわってみた。そして呟《つぶや》いた。
「うむ、よく冷《ひ》えている。十分熱に耐えたようじゃ。彼奴《かやつ》らは、まさかこの人造人間《じんぞうにんげん》の胸の中には、液体酸素の冷却装置があるということに気がつかないのじゃろう。いや、ことによると、このごろ彼奴らの前に現れる金博士が、かくの如き人造人間であるということにすら、気がつかないかもしれん」
 この独《ひと》りごとから推すと、裸の博士が本当の金博士で、服装正しき博士こそ、身代りの人造人間の金博士であったのである。道理《どうり》で、毒酒毒蛇も平気だし、弾丸《たま》にあたっても、壁にぶつけられても死なない筈《はず》であった。
「ああ、この大使館の燻製《くんせい》の鮭《さけ》と火酒《ウォッカ》にも飽《あ》きてしまったわい。もうこれくらい滞在しておけば、王老師の顔も立つことじゃろう。では今のうちに、道具をまとめて、帰るとしようか」
 そういうと、金博士は、無造作《むぞうさ》に、人造人間の金博士をばらばらに解体し、それを例の三つのトランクに収めた。そしてこんどはきちんとした旅装《りょそう》をととのえ、トランクをかつぐと、莨《たばこ》をぷかぷかとふかしながら、悠々《ゆうゆう》とこの館をふらふらと出ていってしまったのであった。



底本:「海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊」三一書房
   1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1941(昭和16)年11月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年10月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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