んにひどく泥を被《かぶ》っていた。
「やあ、金どのか。一杯どうじゃ」
 王老師も、ちょっとおどろいて、前にあった盃をとって差し出した。
「いや、酒はもうたくさんですわい」
 と金博士が、落付いた声でいった。
 うむと呻《うな》った老師は、のみかけの酒を食道《しょくどう》の代りに気管《きかん》の方へ送って、はげしく咳《せ》き込んだ。
「いや、老師先生。ここの酒は、あまり感心しませんなあ」
「そ、そんなはずは……ごほん、ごほん」
「どうも、感心できませんや、砒素《ひそ》の入っている合成酒《ごうせいしゅ》はねえ。口あたりはいいが、呑《の》むと胃袋の内壁《ないへき》に銀鏡《ぎんきょう》で出来て、いつまでももたれていけません」
「ま、真逆《まさか》ね」
「本当ですよ。気持がわるくなって、庭園を歩いていましたが、ふしぎなことにぶつかりました」
「ふしぎなことって、それは耳よりな、どうしたのかね」
「この庭園には、冬だというのに、蛇が出てくるんですよ」
「ああ一件の……いや、二メートルの蛇か」
「二メートルもありませんでしたが、頤《あご》のふくれた猛毒をもった蛇です。トニメレスルス・エレガンスに似ていますが、それよりもすこし長くて九十五センチぐらいありました」
「それはたいへん。君に咬《か》みつかなかったか」
「すこしは咬みついたらしいですが、私は感じがにぶいのでねえ。ですが、脚だの腕だのにきりきり巻きついて歩くのに邪魔をしますので、癪《しゃく》にさわって、補えて来ました。ほらこれです」
 金博士は、ぬっと右手をさしだした。その手には、例の蛇が四五匹、ぶらりと下っていた。
「うわッ」
 王老師は、おどろいて、椅子に腰かけたまま、うんと呻《うな》って目をまわした。
「ああ、老師は蛇はお嫌《きら》いでしたか。これは失礼。では取り捨てましょう」
 と、博士は手にしていた蛇を、卓子《テーブル》の下へ、そっと捨てた。
 すると、卓子の下で、
「きゃッ」
 と、只ならぬ悲鳴が聞えたと思ったら、卓子が華々《はなばな》しく持ち上り、中から一人の真青《まっさお》な皮膚をもった人間がとびだしたかと思うと、衝立《ついたて》をぶっ倒して、料理場へ逃げこんでしまった。それこそ余人《よじん》ならず醤買石だったことは、今ここに改めて申すまでもなかろう。


     5


「王老師。あんな手ぬるいことでは、
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