どき日本内地の上空に現れることからも察しられる」
「そうですとも。僕なんかも、東京に住んでいたのにとつぜん空魔艦にさらわれたんですものねえ」
「うん、そこだ。空魔艦団なるものは、明らかに日本を狙《ねら》っているのだ。日本に対しどういうことをしようと思っているのか、それはまだはっきり分らないけれど、この際、それを知って置かねば日本国民は枕を高くして安心して寝てはいられない。われわれが若鷹丸に乗ってこんな大冒険をしてまでここへやってきたのもそれを突きとめるためだ」
 と語る隊長大月大佐の言葉は、火のように熱してきた。


   死か突撃《とつげき》か


「――ところが残念にも、われわれの仕事は途中で折れてしまった。若鷹丸は、まず氷にとじこめられ、次に沈没してしまった。われわれはこれ以上前進しようと思っても、もう足の用をするものがないのだ。実に残念だが、もうどうにもならない。しかもわれわれは前進するどころか、無事に日本へ帰りつくことさえ断念しなければならない。この極地に遅い春が来て氷が割れだすころには一同そろって冷い海水の中に転げおちなければならない。残念である。まことに残念である」
 大月大佐は、そういって身体をふるわせた。自分ははじめより生命を捨ててかかっているので、捨てる生命はい惜しくはないが、隊員たちの生命までここでむざむざ失うのは、たえられないことだった。若鷹丸は、いかに厚い氷にとざされても大丈夫だとうけあわれていたのに、こんなことになってしまって、すっかり予定がくるってしまったのだ。
 丁坊は、大月大佐が悄気《しょげ》ているのを見ると、気の毒にもなり、またこんなことではいけないと思った。そこで少年は、隊長をはげまそうと思った。
「隊長さん、どうせ死ぬことが分っているのなら、皆で隊を組んで、空魔艦のいるところまで攻め行ってはどうですか。僕は、そこまで案内しますよ」
「空魔艦のいるところまで攻めてゆく。あっはっはっ、お前はなかなか勇敢なことをいう」
 と大月大佐は、始めて笑いました。
「だって、何でもないではありませんか。幸《さいわ》い氷はどこまでも張っているから、氷の上の歩いてゆけば、きっと空魔艦の根拠地へつきますよ」
「それは容易なことではなかろうが、理屈は正にそのとおりだ。いや丁坊君。よくいってくれた。儂《わし》は大いに元気づいた。これから食料品や武器がどのくらいあるかをしらべた上で、出来るものなら、空魔艦遠征部隊をつくることにしよう」
 大月大佐は、遂に重大なる決意を固めて、そういった。
 それはいいが、この会話がすっかり空魔艦に筒ぬけに聞えているのだから、まことに危いことだった。
 高声器の前にいた空魔艦の隊長「笑い熊」は、うふふふと気味わるい笑い声をあげた。
「そうか。この若鷹丸は、やはり俺たちのことを探偵にやってきたのだったか。氷上づたいに俺たちを攻めるなんて、生意気なことをいっているな。よし、それではこっちにも覚悟があるぞ」
 と、ひとりで肯《うなず》くと、また高声器の前に耳を傾けた。
 ところが、高声器はもう何にも物をいわなくなった。
「おい、無線長。聞えなくなったじゃないか。一体どうしたのか」
 といえば、狼狽《ろうばい》してしきりに目盛盤をうごかしていた無線長は、頭を一つ大きくふり、
「どうも変なことが起りました。急に相手の会話が聞えなくなったのです。あのいい器械が故障になることなんか、ない筈なんですがね」
 といかにも不思議《ふしぎ》そうであった。


   秘密発見


 それよりすこし前のことであった。
 丁坊少年の愛国心にすっかり感動してしまった大月大佐は、丁坊の方によると、袋に入った少年をしっかと抱えたのであった。そのとき大佐は、おやと思った。
 それはたまたま大佐の手がふれた袋の一ヶ所がたいへん熱をもっていたのである。
 大佐はびっくりしたが、同時にきらりと頭にひびいたものがあった。始めからどうも変だと思っていたのは、この少年の服装だ。ところが、いまその袋の下の方に手をふれてみたところが、たいへん熱い。
 なにがこう熱いのであろうか。
 空魔艦は、少年のために懐炉《かいろ》を入れておいたのであろうか。まさか、そのような親切が空魔艦の乗組員にあるはずがない。
 大月大佐は大いに怪《あや》しみ、考えるところがあって丁坊には黙っているように合図し、隊員をよんで、袋の口を開くと丁坊をそっと袋の外にひっぱりだした。
 外はなにもかも凍りついている寒さだ。袋を出たとたん丁坊は大きな嚏《くしゃみ》を二つ三つ立てつづけにやった。隊員は用意の毛布で、丁坊の身体をつつんでやった。
 大月大佐は、一同に声を出さぬよう命令し、袋の中を隊員に調べさせた。
「この温いところに、何が入っているのか、よく調べろ」
 と、手真似の命令だ。
 隊員が、袋を切りひらいてみて愕《おどろ》いた。その熱い箇所から出てきたのは、精巧な無線の器械であった。よく見ると、マイクロフォンもついている。熱いのは、そこに点《とも》っている真空管が熱しているせいだった。
 そこに居合わせた無線技士が、真空管をそっと外した。
 そこでその器械は働かなくなった。もう喋《しゃべ》っても大丈夫だ。
「隊長。これは無線電信の送信装置ですよ。いままで真空管がついていたところを見ると、この器械のそばで喋っていたことは、すっかり電波になって空中を飛んでいたわけですよ。これは空魔艦のたくらみです。だからこっちの話はすっかり向うに聞かれちまったわけですぞ」
 と無線技士は顔色をかえて、大月大佐にその精巧な器械を指した。
 隊長は大きくうなずいて、
「うむ、気がついたのが遅かった。いや、それで丁坊少年を空魔艦が氷上になぜおとしたか漸《ようや》く分った。すっかり聞かれてしまったらしい」
 丁坊の愕きは、更に深いものがあった。彼は自分でその変な器械を背負っていたのだから。そして秘密にしておかなければならぬ若鷹丸探険隊の重大な決心を、憎《にく》い空魔艦に知らせてしまったから。いくら、当人の丁坊が知らなかったこととはいいながら、全くそのはずかしさは穴の中にかくれたいくらいのものだった。
「丁坊君、悲観せんでもいい。なあに、どっちになったって、今の境遇では、大したちがいはないよ」
 と大月大佐は丁坊をなぐさめ、そして他をふりかえって、
「おい誰か。丁坊君に新しい防寒服を大急ぎで作ってやれよ」
 といえば、待っていましたとばかり、隊員が三四人声を合わせて承知の返事をした。


   怪《あや》しき爆音《ばくおん》


 丁坊はすっかり隊員のなかの人気者となった。隊長のお声がかりで、新しい防寒服はすぐ出来たし、その上、毛皮がそとについている防寒帽をつくってもらうやら、靴もエスキモーにならって外を魚の皮でつくり、内にはやはり毛皮を張ってあるものを貰うようにしてたいへんな可愛がられようであった。
「ああ嬉しいなあ。僕、まるで日本に帰ったような気がする」
 そういって丁坊が跳《は》ねまわれば、隊員もそれを見てにこにこ顔であった。
 しかしここは氷上の避難住居である。船もなければ、橇《そり》もない。到底《とうてい》日本へはかえれまい。丁坊はそれをはっきり知らないのだろうと、蔭で涙ながして気の毒がる隊員もあった。
 隊長大月大佐は、丁坊の進言によって、空魔艦の根拠地へむけて遠征する計画をたてはじめた。
 幸いに、食料は三十日間だけあり、武器も弾丸の数にして五千発ばかりあったので、これなら一戦やれると見込がついた。
 隊員のなかから、十五名を選んで遠征隊員として、のこり五名をここにのこして置いて、予備隊とする。
 その一方、沈みゆく若鷹丸から持ち出した電波の無線機械を至急修理して、内地と連絡できるようにせよという命令が出て、無線班は食事も忘れて、しきりに器械をいじっていた。
「どうだ、松川学士《まつかわがくし》。遠征隊は何日《いつ》出発できるだろうか」
 と、大月大佐は、若い副隊長の松川彦太郎学士にたずねた。
「今のところ、どんなに急いでも、明日《あす》の朝になりますね」
「そうか。やっつけるなら、早い方がいい、急いでくれ」
「承知しました。急ぎましょう」
 隊員は、さらに急がしくなった。
 いつの間に陽《ひ》が傾いたのか、よくわからなかったが、既にして夕刻となり、あたりはもううすぐらくなりかけた。
 空の遠くには、まだ極光が現れ、そのうつくしい七色の垂れ幕がしずかに動いてゆく。
 そのとき空の一角から、轟々《ごうごう》と爆音がひびいてきた。
「ああ、空魔艦だ」
 まっさきに気がついて飛びだしたのは、丁坊であった。
「なに、空魔艦?」
 隊員はおどろいて天幕《テント》の外に出た。
 なるほど、真北の空、地上から約五千メートルと思われる高空に、空の怪物大空魔艦がうかび、しずしずこっちへ近づいてくる。
 大月大佐も、天幕の外にとんで出たが、このとき叫んだ。
「おい。大急ぎで天幕のなかに隠れろ。こっちの姿を見せてはならぬぞ。早くしろ」
 隊長の命令で隊員一同は天幕のなかに走りこんだ。
 息をこらしてまつほどに、爆音はいよいよ大きくいよいよ近づき、天幕はびりびりと振動をはじめた。
「あっ、空魔艦の腹から、なにか黒いものがとびだしたぞ」
 と天幕の裂け目から望遠鏡で空をのぞいていた隊員の一人が叫んだ。
「そうか。それは爆弾だぜ」
「爆弾! あっ落ちてくる。ぐんぐんこっちへ近づいてくるぜ。これはいけねえ」
 望遠鏡をもった隊員は叫ぶ。


   試練の嵐


 空魔艦のなげおろす爆弾は、いよいよ氷上にぶつかった。
 どどーン、ぐわーン、ぐわーン。
 ずしんずしんごごごーっ。
 あっちにこっちに、硬い氷をやぶって吹雪のような氷片がとぶ。
 まっくろな硝煙は、氷上をなめるように匍《は》う。
 実におそろしい光景がいくたびとなく、くりかえされた。
 隊員は、声をからして、お互《たがい》にはげましあった。
 この猛烈な爆撃に、探険隊の天幕《テント》などは、一ぺんにふきとんでしまった。隊員のなかにも、怪我人《けがにん》がそれからそれへと現れ、流血は氷上をあかくいろどった。
 空魔艦は、都合三十個の爆弾をおとし、天幕がすっかりふきとび、怪我人が相当出たのをたしかめると、機首をかえして元来た北の空に姿をかくした。
 こうして危難はひとまず去った。
 大月大佐は、すぐさま人員点呼をおこなうとともに天幕の中にあった食料などをしらべた。
 怪我人は八名、死者は二名。
 食料品などが半分ばかり氷の下におちてしまった。
 かなりの損害であった。
 探険隊の運命はどうなるのか、たいへん心ぼそいことになった。
 その夕方、さわぎが一段かたづいたところで、大月大佐は隊員をあつめ、あらためてこれから探険隊のすることを相談した。
「やっぱり、はじめ考えたとおり、空魔艦の根拠地へ攻めてゆきましょう」
 と、まっさきにいったのは丁坊少年だ。
「だが、食料は半分になったし、死傷は十名にのぼる。これではとてもつよい決死隊をつくるわけにはゆかない」
 と、他の隊員が元気のないことをいった。
 すると大月大佐は、ぬっと立ちあがり、
「隊員のかずがすくなくなっても、日中戦争の徐州《じょしゅう》攻略のときのように、うまい作戦をたてれば成功することもあるんだ。よし、やっぱり決死隊を作って一か八か攻めてゆこう」
「それがいい。ばんざーい」
 と、元気のいい隊員は両手をあげて、隊長の考えに賛成した。
「うむ、それではこれから作戦を考えよう。人数はすくなくとも、必ず成功するという戦法をみんなで考えだすのだ」
 夜をとおして、みんなが智恵をしぼったあげく、これならまず大丈夫という作戦がきまった。
 そこでいよいよ決死隊のかおぶれがはりだされたが、隊員の数は、前より五名減って、十人となり、怪我をした者はみな天幕に留守番をすることとなった。もちろん決死隊長は大月大佐であり、大佐は甲組四名をひきつれてゆくこととし、松川学士は乙組四名をひきつれ、二隊になっ
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