て進むこととなった。
 丁坊は乙組になった。


   決死隊出発


 出発は、その翌日の夜になった。
 昼間は空魔艦に見つけられるおそれあるので、夜にしたのだった。
 隊員は身体をすっかり氷とみまがう白装束《しろしょうぞく》でつつんだ。これは敵の眼をできるだけあざむくためであった。
 まず松川学士を隊長とする乙組が出発した。
「じゃあ皆さん、いってきますよ。きっと空魔艦をぶん捕《ど》ってきますよ」
 丁坊は元気に出発した。
「どうか本当に空魔艦をぶん捕っておいでよ。丁坊くん、ばんざーい」
「丁坊、しっかり頼むよ。おれもすぐ後から出発する」
 と、大月大佐も大きな声で一行をはげました。
 冷い氷上を、一行はひとりひとり重い荷物をせおって進軍をおこした。橇《そり》もなければ、犬もいない。歩きなれない氷上を、一行は小暗《こぐら》いカンテラの灯をたよりにして、一歩一歩敵地にすすんでいった。
 夜が明けかかると、一行は大いそぎで氷を掘り目立たぬ氷の室《へや》をつくった。そして一日その中にもぐりこんで、眠られぬ時間をしいて睡った。敵地へしのびよるには、昼間歩いてはならぬ。見つけられてはおしまいである。
 また夜が来た。
 腹をこしらえて、氷の室をでる。そしてまた一歩一歩、氷上行軍がはじまるのであった。
 第三夜をおくり、第四夜を氷上にむかえた。
 先頭に立って歩いていた松川理学士が、一つの氷の丘をのぼったとき、
「おお、向うに明るい灯が輝いている」
 と叫んだので、丁坊たちはわっといって、氷の丘をのぼった。
「ああ見える。あれが空魔艦の根拠地だ」
 点々と輝いている灯のかたちからいって、それは丁坊に見覚えのある根拠地にちがいないことが分った。
 一行はそこにしばらく憩《いこ》うことにした。それは別のみちをとおってくる大月大佐指揮の甲組がおいつくのを待つためであった。その夜おそく、大月大佐の元気な声が、闇の中からきこえた。
「よおし、明日《あした》の夜までゆっくり英気をやしなって、いよいよ最後の活動をはじめよう」
 両組は、途中で敵に見つけられもせず、道もついていて、今ここにうまく出会ったことをよろこびあった。
 さていよいよ第五夜がやってきた。
 決死隊は、ふたたび甲乙の二組にわかれ、闇の中をいさみ出発した。戦闘につかうものだけを持ち、他はみなそこにのこしておいた。
 乙組のやることは、空魔艦をうごけないようにすることであった。
 大月大佐の甲組の方は、敵と撃ちあい切りあう戦闘部隊であった。
 丁坊の背中にあるのは、ダイナマイトが五本と手榴弾《てりゅうだん》が十個に、食糧が二食分。これでも少年には相当の重さであった。


   空魔艦の最後


 空魔艦の根拠地がいよいよ目の前に見えてきた。そのころ急に天候が険悪になってきて、風がひゅうひゅうとふきだし、氷上につもっている粉雪を煙幕のようにふきはらった。
 それをじっとみつめていた松川隊長は、
「橇犬《そりいぬ》にみつけられては、なにもならないから、風下《かざしも》からしのびこむことにする。この風で、風下からゆくのはつらいだろうけれども、どうか皆がんばってくれ」
 といった。
 一行は、なあにこれしきの風がなんだと、大いにはりきり、五人が縦にならんで腕をくみ、転ばないようにして根拠地に押していった。
 はじめのころはソ連機などがうるさく攻めてきたものだが、空魔艦はそいつらをぽんぽん射おとしてしまったので、それ以来おそれをなしてやって来ない。北極の空は空魔艦の天下であった。だから今ではもう空魔艦は、自分の力のつよいことをたのんで安心し、まさか若鷹丸の探険隊などがおしかけてくるまいと思って油断していた。
 松川隊の五勇士は、思いのほかやすやすと根拠地の中に入った。
「それいまのうちだ。爆破作業を始め」
 五勇士はそこでちりちりばらばらになった。
 油タンクや、飛行機のあな蔵《ぐら》をみつけては、ダイナマイトを植えていった。時計を見て、時刻をはかると導火線に火をつけた。さあ、あと三分間で爆発する。
 そのうち空魔艦二機だけは、そのままにしておいたが、五人の勇士はぞくぞくとその前に集ってきた。
「どうだ、ダイナマイトは、うまくいったか」
「うん、大丈夫だ。いまにたいへんなことになるぞ」
「じゃあこの辺で、空魔艦のタイヤをぶちこわそう。さあ、みんな掛れ!」
 一同は手榴弾《てりゅうだん》をふりあげた。
 そいつをがーんとなげつけて、さっと身体を氷上にふせた。空魔艦のタイヤのそばには、黒い手榴弾がごろごろあつまってきた。――と思う間もなく、大音響をあげて爆破!
 タイヤは破れた。
 空魔艦は翼をがくりとゆすぶって、手榴弾のつくった穴の中に、轍《わだち》をすべりこませる。
 敵が起きて来たらしく、あちこちに怒声《どせい》がおこる。
 と、次の瞬間、天地もふるうような大爆音が起った。猛烈な空気のながれ、目もくらむような大閃光《だいせんこう》。
 ぐわーん、めりめりめり、ばらばらばらと、なにが飛ぶのか、根拠地の奥の方ではひっくりかえるようなさわぎだ。
 敵は寝耳に水のおどろきで、ぞろぞろと格納庫やあな蔵のなかからとびだしてきたが、そこへ、わーっと喊《とき》の声をあげてとびこんできたのが、大月大佐を先頭に決死隊甲組の面々であった。
 こうなればピストルよりも白刃がものをいう。五勇士はいずれもそのむかしの戦場のつわものだ。右往左往《うおうさおう》する寝ぼけ眼の敵の中におどりこんで、あたるを幸いと切って切って切りまくる。
 そのころ火のついた油タンクは火勢を一段とつよめて燃えさかる。
 にげまどう敵の脂汗《あぶらあせ》にまみれた顔に、紅蓮《ぐれん》の火が血をあびたように映える。


   大団円《だいだんえん》


 不意をうたれては、世界無比をほこる空魔艦もその乗組員も、まるで藁細工《わらざいく》と同じことである。
 おそろしい武力の中心は、わずか十名のわが日本人の手によってひっくりかえされてしまった。
 捕虜《ほりょ》になった敵は、みなで三十人ばかり。その多くは怪我《けが》をしていた。
 丁坊と仲よしだったチンセイは、空魔艦の中の冷い座席にひとりでねむっていたので、折よくそこへ第一番にとびこんだ丁坊にみつけられ、ぶじにたすけられた。
 氷上にのこったのは、二機の空魔艦と、そのほかわずかの食料庫ぐらいのものであった。
 大月大佐は、隊員をあつめ、東の空をあおいで高らかにばんざいを三唱した。怪我をしているものはあるが、生命《いのち》をおとしたものが一人もないのはまったく天祐《てんゆう》であった。
 空魔艦の怪人たちは、いずれもその仮面をひきむかれた。その奇怪な防毒面の下には、やはり普通の人間の顔があった。しかし西洋人もあれば東洋人もあった。これは世界に大革命をおこそうというユダヤの秘密結社の一味であった。もし時がくれば、この空魔艦を相手国には知られぬように、成層圏といわれる高い空にとばして、各国の首都をひとおもいに大爆撃しようと考えていたことがわかったが、その空魔艦こそ、じつに世界中どこをさがしても、みあたらない大進歩をとげた飛行機であったのだ。思えば、日本の国もあぶないことであった。
 空魔艦は、若鷹丸探険隊員の手によって、うまく分捕《ぶんど》ることができた。しかしこれをどうして日本まで動かしたらいいのであろうかと、大月大佐たちは困っていた。
 そこへ突然、探険隊の消息《しょうそく》を心配して日本から有力な飛行隊が大挙して飛んできたので、大月大佐以下は生命をすくわれた上、この大きな土産《みやげ》空魔艦を捕虜とともに飛行隊へ手わたすことができて、重なる悦《よろこ》びであった。もしこの救援飛行隊が、もう四五日もはやくこの極地へとんでくれば、そのときは空魔艦とはなばなしい戦闘をしたことであろうが、丁坊の勇ましい言葉によって決死隊をさしむけた若鷹丸探険隊が、一足お先に手柄をたててしまったことになった。
 お母さんは、丁坊の帰京を、ゆめかとよろこんだ。おなじ心配をしていた吉岡清君もその妹ユリ子もすぐ丁坊のうちへとんできて、うわーっといってだきついた。
 丁坊はもうホテルの給仕《きゅうじ》をやめてしまって、立派な飛行機博士になるために、いまでは上の学校へ通って勉強をしている。
 いつも丁坊の味方になっていた中国人チンセイは、丁坊につれられて東京にやってきたが、大月大佐などの力ぞえで、銀座裏に小さい中華料理店を開業している。どうかみなさんも折があったら、チンセイの店をのぞいてやってください。入口をはいると、すぐ正面に大きな空魔艦の額がかかっているから、知らないで店に入ったひとでもすぐ気がつくにちがいない。
 では本ものの空魔艦は? それは、それ航空館へゆけば、陳列してあるのが見られる。館長大月大佐にたのむと、よろこんで空魔艦征伐のときの説明を、身ぶりたくさんでしてくれるであろう。



底本:「海野十三全集 第9巻 怪鳥艇」三一書房
   1988(昭和63)年10月30日第1版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年5月3日作成
2008年7月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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