《かぶ》っているので、下から見ると、異様なお化けが巨人飛行機にのっているとしか見えなかった。
「さあ、はやく乗った!」
 十四五人の怪人たちは、手まねをして、チンセイに、機の中に入るように命じた。この十四五人の怪人は何者であろうか。これこそ実は、この空魔艦の主脳部の人たちであったのである。
 チンセイが乗ると、怪人は丁坊のそばによってきて、かるがると両方からぶらさげた。そして、よいこらと空魔艦のなかに積みこんだのであった。
 どこへ空魔艦は行くのか。
 爆音が高くひびくと、空魔艦は氷上に滑走《かっそう》をはじめた。ぴんと張った両翼は、どう見ても巨大ないきもののように思えてならない。そのうちに空魔艦はふわりと空中に浮いた。
 チンセイは丁坊のそばにいる。
「チンセイさん。もう一つの空魔艦は、ついてこないのかい」
「いや、一緒に来るはずだよ。ほらほら、いま滑走をやっているよ」
 丁坊は身体の自由がきかないから、外が見えない。
「もう一つの空魔艦は、なんという名前なの」
「ああ、あれかい、あれは『手の皮』というんだ」
「へえ、変な名前だね。これが『足の骨』で、もう一つのが『手の皮』かい」
「足の骨」と「手の皮」の二機は、ぐんぐん高度をあげて、北の方にとんでゆく。
「チンセイさん」
 と、また丁坊がよびかけた。
「なんだい、丁坊。ちと黙っていろよ」
「だってチンセイさん。僕はこうして、いつまでたっても毛皮の袋の中に入れられたっきりだぜ。いやになっちまうなあ。チンセイさんから頼んで、僕を袋から出してくれないか。僕はもう逃げやしないよ。日本へ帰ることもあきらめている。だけれど、こんな窮屈《きゅうくつ》な袋の中にいれられているのはいやだ。出して呉《く》れればコックのことだって、ボーイの役目だってなんなりとするよ」
 丁坊は熱心さを顔にあらわして、チンセイに頼んだ。
「そうだなあ」とチンセイはようやく本気になって、
「じゃあ一つ、機長の『笑《わら》い熊《ぐま》』さんに聞いてみてやろう」
「『笑い熊』だって?」
「ああそうだよ。それが機長の名前なんだよ。じゃおとなしくして、しばらく待っておれ、いいか」
 チンセイは背広のポケットに両手を入れたまま立ちあがった。


   難破船《なんぱせん》


 丁坊は、チンセイの帰ってくる足音を、いまかいまかと待ちつづけた。チンセイはうまく話をしてくれたかしら?「笑い熊」機長は、丁坊を自由にしてくれるかしら。
 どやどやと、入りみだれた足音が近づいてきた。チンセイ一人ではなさそうだ。ではうまく行ったのかと思っていると、扉がガチャリと明いた。
 真先に入ってきたのは、例の防毒面の怪人で、一番えらそうな人物――これこそ機長の「笑い熊」であると知られた。
 そのうしろからチンセイや、主脳部《しゅのうぶ》の怪人たちがつづいた。
 チンセイは「笑い熊」のうしろからとびだしてきて、丁坊のそばにすりよった。
「おい丁坊。機長さんに話をしたところ、お前を自由にするまえに、一つ試験をするといっているぜ。その代り、この試験に及第すれば、この空魔艦の一員にとりたててやるというのだ。しっかりやれ」
 丁坊は、うなずいた。試験もよかろう。とにかく早く自由にしてもらわねば、どうすることも出来やしない。
「笑い熊」が手をあげて合図すると怪人たちは太い針金でもって、丁坊の身体をぐるぐると捲《ま》いてしまった。
 どうするのかと思っていると、「笑い熊」がチンセイをよんで、なにごとかを命令した。
 それを聞いていたチンセイは、窓のそとをのぞいて、さっと顔色をかえた。そして丁坊のそばによって、気の毒そうな声でいった。
「丁坊、いまから試験が始まるそうだ。これからお前は、地上におろされるのだ。そしてそれから先、どんな目に遭おうとも、黙って我慢していて、後にわれわれが迎えに行くまで待っているのだ、いいか」
 地上におろされる?
 どういう風におろされるのだ。彼の身体は、いま針金でぐるぐる巻《ま》きにされている。なんだか一向わからない。
「笑い熊」が、またさっと手をあげた。
 すると怪人たちは、いきなり毛皮の袋に入った丁坊をだきあげて、窓の外に出した。
「呀《あ》ッ、――」
 目がくらくらした。はるかに何百メートル下の氷原が、きらきら光っている。
 丁坊の身体は、そろそろと下る。
 針金がだんだんのばされるのだ。針金一本が丁坊の生命の綱だ。
 おそろしい宙釣《ちゅうづ》りとなった。ぱたぱたと板のように硬い風が、丁坊の頬《ほほ》をなぐる。そして身体はゴム毬《まり》のようにゆれる。いまは遉《さすが》の丁坊も生きた心持がない。
 一体どうするのか。このまま下すのだろうか。どこへ下して、なにをさせようというのか。
 このとき丁坊は、すこしずつ近づく下界を見た
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