ためだ」
「うそいってらあ」と丁坊はやりかえした。
「だって、さっきはどこかの戦闘機とたいへん激しい空中戦をやったじゃないか。戦争をやるこの飛行機が……」
「うう、まあ待て」とチンセイはあわてて少年の口をおさえた。
「それを見たか。あれは、こんなさびしいところを飛んでいるとああいう空中のギャングがよく現れるのだ。だからこっちでも大砲や機関銃をもっていて、空中のギャングをああいう風におっぱらうんだ」
「そうかね」丁坊は、よく分らないけれど、分ったような返事をした。
「チンセイさん、この飛行機には名前がないのかい」
「名前はあるよ。それは――つまり日本語でいうと『足の骨』というんだ」
「えっ、『足の骨』! へんな名前だなあ。いったいこの飛行機は、どこの国のものなんだい」
「どこの国の飛行機?」
チンセイの顔色が急にあおくなった。彼はいままでのように、すぐには返事をしなかった。やがて彼は、ふるえ声で丁坊の耳にそっと伝えた。
「おい、おどろくな。この飛行機はね、世界のどこの国の飛行機でもないんだ。つまり国のない国の飛行機なんだ」
氷上の怪人
「ええっ、国のない国の飛行機《ひこうき》!」
国のない国って、どんな国のことだろう。
丁坊は、まるでなぞなぞの問題をだされたように思った。
そのうちに、空魔艦はにわかに高度を、ぐっとさげはじめた。
じつに上手な操縦ぶりだ。
たちまち白い地上は、すぐ近くにもりあがってきた。
下は氷でおおわれている。どうみても極地の風景であった。
その広々とした氷の上に、ばらばらと黒い点があらわれた。よく見ると、人間らしい。
空魔艦はエンジンの爆音もたからかに、どしんと氷上についた。
どこかでブーブーと、サイレンがなりひびいている。
長い滑走をしたあげく、やがて空魔艦の停ったところは、小山のような氷山の前であった。
チンセイはあわてて部屋をとびだしていった。
丁坊は、窓のところに顔を出して、ものめずらしげに、あたりの氷山風景をながめまわした。
よくみると氷山の下がくりぬいてあって、大きな穴ができている。その穴が格納庫《かくのうこ》になっているらしく、空魔艦と同じ形の飛行機がおさまっている。穴の中からは、毛皮をきた人間が、ぞろぞろ出て来て、こっちへかけつけてくる。どうやらここは飛行港《ひこうこう》らしい。
どうなることかと、丁坊は片唾《かたず》をのんで窓の外の、人のゆききをながめている。
するとそのとき、少年のうしろの扉があらあらしく開いた。
はっとうしろをふりかえると、防毒面《ぼうどくめん》に防毒衣《ぼうどくい》をつけた人相のわからない者が、二人ばかり入ってきた。
なにか分らぬ言葉で叫ぶと一人が逞《たくま》しい両腕をのばして、丁坊をむずとつかまえた。
「な、なにをするんだ」
丁坊は、力のかぎりはねまわった。が、とても大人の力に及ばない。そのうちにもう一人がもってきた袋のようなものの中に、丁坊のからだはすぽりと入れられてしまった。その袋は丁坊の首のところでぎゅーとバンドがしまるようになっていた。
二人の怪しい男は、防毒面の硝子《ガラス》ごしに、にやりと笑ったようである。
それから二人は、丁坊を入れた毛皮の袋を両方からかついで、飛行機の外にはこびだした。
一体どうなることだろう。
丁坊の運命はいまや、あやしいみちをとおっている。
やがて丁坊の入った袋は氷上にどしんとおかれた。
すると左右から、いずれも怪しい服をつけた人間が十四五人あつまってきて、丁坊をまんなかにぐるりとまわりをとりまいてしまった。
危《あやう》き一命《いちめい》
毛皮の袋の中に入れられ、首だけちょこん[#「ちょこん」に傍点]と外に出している丁坊を、ぐるりと取巻いた十四五名の防毒面の怪漢たちは、丁坊を指しながらなにごとか分らぬ国のことばで、べちゃくちゃと喋《しゃべ》っていた。
「なんだ。なにを騒いでいるのだろう。ははあ! 僕をどう始末《しまつ》しようかと相談しているらしいぞ」
丁坊は、怪漢たちの心の中をそういう風に察した。
そして、どうなるのだろうと成《なり》ゆきをみていた。はたして、しばらくすると、その中の一名が、ほかの人をおしのけて、丁坊のまえにつかつかと出てきた。そしていきなり丁坊の鼻のさきへ、ピストルの銃口をむけた。
「あッ、僕を殺そうというんだな。殺されてたまるものか。うぬッ――」
と、丁坊は、かなわないまでも、その怪人にくいつこうと思って、一生懸命に立ちあがろうとしたが、どうして立ちあがれるものか。なにしろ丁坊は、首だけ外にだして袋の中に入っているんだから、まったく自由がきかない。くやしいが、ついにこんな見もしらぬ氷原の上で、防毒面の怪人に殺されるかと思い、丁
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