れがいずれも編隊をくんで、まっさかさまにこっちを狙いうちにまいおりてくるのだ。
 どどーン、どどーン。
 大きな砲門もひらいた。
 空にぱっとうすずみいろの煙が、ハンカチの包みをほおりだしたようにあらわれる。
 こっちの空魔艦からうっているのである。
 ダダダダン、ダダダダン。
 向うの飛行機からも、機関銃が火のような弾丸をぶっぱなす。ときどきこつんと音のするのは、機体に敵の弾丸があたった音にちがいない。
 フワーッと、敵機は空魔艦のまわりであざやかな宙がえりをうって逃げる。
 そこをつづいて、ダダダダンとうつ。
 おそろしい空中の戦闘だった。なぜこんなことが始まったのであろうか。


   えらいチンセイ


 まるで大象《おおぞう》を、燕《つばめ》の群《むれ》がおいまわすような恰好《かっこう》だ。――空魔艦と、敵の戦闘機《せんとうき》との空中戦は。
 空魔艦もいらいらしてきたらしい。
 うちだす砲声も銃声も、いよいよさかんになり、そのはげしい砲火《ほうか》のため、耳もきこえなくなりそうだ。
 どどどーン。
 ダダダダダン。
 そのうちに、敵の戦闘機の一機に、こっちの弾があたったらしく、つばさがぶるっとふるえると、たちまち黒煙をあげて、きりもみになって落ちていった。
「みごとに撃墜《げきつい》だ」
 げきつい[#「げきつい」に傍点]――という言葉はよくきくが、そのげきつい[#「げきつい」に傍点]を見るのはこれがはじめての丁坊だった。
「じつにものすごいなあ」
 丁坊は感心をした。
 それをきっかけに、空魔艦のねらいはますます正確になっていって、一機またつづいて一機もうもうたる火焔《かえん》につつまれ、いずれも地上におちていった。
 それをみるより、のこりの三つか四つの敵機もおじけがついたのか、くるっと機首をまげて、向うへとんでいった。敵は空魔艦にかなわないとみて、どんどんにげだしたのだ。そうして遂に、敵機のすがたは見えなくなった。
 空魔艦は、べつに後からおいかける様子もなく、ゆうゆうと高い空をとびつづけるのであった。
「なんという強い飛行機があったものだろうか。一体どこの飛行機なんだろう」
 丁坊はすっかり感心したり、ふしぎにおもったりした。
 空中戦がすっかりすんでしまうと、丁坊は身体《からだ》を寝台の上によこにしているのが退屈になった。
「誰かこないかなあ」
 つい、そういってひとりごとをいったときに、この寝台の室の扉がさっとひらいた。そして扉の向うからひょっくり顔を出したのは、二十五六の背広の洋服をきた男であった。
 その顔をみると、たしかに東洋人であった。丁坊は毛布にあごのところまでうずめながら少し安心した。
 その男は、腰をかがめて丁坊の額《ひたい》へ手をやった。そしてううーと呻《うな》った。丁坊は目をつぶって狸《たぬき》ねいりをしていたのだが、このときぱっと目をあいてにこにこと笑った。
 すると、背広男は、うわーっとおどろいて丁坊の前からにげだしたが、扉のところでおもいかえしたらしく、また丁坊のところへやってきた。そして丁坊の耳のところへ口をあてて、
「おれチンセイだ。この飛行機の中のありとあらゆる室を見まわっているえらい人間だ。おれをうやまったがいい。どうだ少年、もう気ぶんはなおったか」
 といった。
 チンセイのもののいい方は、日本人ではない。どうやら中国人みたいである。


   国のない国


 丁坊は寝台の上からチンセイに、ていねいに礼をいった。気ぶんもわるくはないこと、しかしおなかがたいへんへったことを話した。するとチンセイは、ぷいと座をたっていったが、まもなく金属せいの丼《どんぶり》のようなものをもってきた。そのなかからは、あったかそうに湯気《ゆげ》が立っていた。それを喰《た》べろというので、なかを見ると、うまそうな中華そばが入っていた。
 中華そばを喰べながら、丁坊はどうして自分がこんなところへつれてこられたのかときいた。
「さあ知らないね」
「でもチンセイさんは、この飛行機の各室を見まわっているえらい人だというから、知らないことはなかろう」
「うん、えらいことはえらいが、知らんことは知らないよ。しかし今に機長が話をしてくれるだろう」
「えっ、機長てなんだい」
「機長かね。機長はこの飛行機の中にのっている百二十人の人間のなかで、一等えらい人のことだ」
「ああそうか。船でいうと、船長みたいなものだね」
 と丁坊はいったが、内心にはこの飛行機に百二十人もの人間がのっているときいて、非常におどろいた。今までに、そんなに沢山の人間がのりくんでいる飛行機の話をきいたことがない。
「チンセイさん。この飛行機は、なんのためにこんな寒いところを飛んでいるのかね」
「それはわかっているじゃないか。客と荷物をはこぶ
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