びたび第四斥候隊あてに、無電で信号呼出《よびだし》をうっているのですが、更に応答なしです」
「無電機がこわれたのかな」
「さあ、そんなことはまずないはずだと思います。こっちを出かけるときに、そういう機械るいは充分に点検をしていくことになっていますから、故障のはずはありません。しかし、ひょっとすると……」
 と、この幕僚は、そこで次の言葉をのみこんだ。
「なんだね、ひょっとするとどうしたというのかね」
「いや、あまり不吉な言葉をはいては申《もうし》わけないと思い、ためらっているのですが……ひょっとすると、第四斥候隊は火星人の猛撃をうけて、どうかなったのではありますまいか」
「おお、そうか。火星人の猛撃をくらって、どうかしたのではないかというのか。ふうむ」
 辻中佐は、腕組みをして、頭を左右にふった。
「わしは、そうも思わないが、なにしろ何もいってこないし、こっちから呼び出してもへんじをしないのだから、こいつは困ったものだ。もうすこしまってみよう」
 辻中佐は、机上にひろげた月世界の地図へ再び目をおとした。しばらくたって、中佐の背後に、壁に向けてすえつけてある無電配電盤の前で、受話器を頭にかけて、しきりに連絡をとっていた無電員の一人が、とつぜん大きなこえをあげた。
 そのこえが、あまりに大きかったので、艇長も幕僚も思わずその方をふりかえった。するとその無電員は一枚の受信紙をつかんで、幕僚の方へふりながら、
「たいへんです。第五斥候隊からの救難信号です。そして、その信号の途中で、無電が、はたと切れてしまいました。この電文をごらんください」
 と、無電員は、はあはあ息を切らしている。よほどおどろいたものらしい。
 その受信紙は、直ちに艇長の前にひろげられた。電文には始めは規定どおりの救難信号があって、そのあとに本文がはじまっていたが、
“……人間大の怪しき甲虫《かぶとむし》の形をした怪物およそ十匹にとりかこまれた。わが携帯用無電機を眼がけて、拳をふりあげて来る。無電機をこわすつもりか……”
 そこで電文は切れている。
 ああ第五斥候隊の遭難!
 さきに第四斥候隊が行方不明で、心配しているとき、今また第五斥候隊がとつぜん怪物団にとりかこまれたという。この怪物団とは、火星の一隊であることにまちがいはない。
 月世界のうえにまたもや血腥《ちなまぐさ》い事件がもちあがったのである。辻中佐はじめ、アシビキ号の乗組員たちは、底しれぬ戦慄《せんりつ》の淵《ふち》へなげこまれた形であった。


   皿のような乗物


「おい、無電員。今の第五斥候隊の位置は、わかって居るか」
「はい。大体見当はついております」
「今の最後の無電をうってきたとき、方向探知器で、その電波の発射位置をたしかめて置いたか」
「は。それはとうとう間に合いませんでした。しかし、その十五分前に来た電波で方向がしらべてありますから、まずそれで間に合うと思います」
「その地点はどこか」
「ヨーヨーの峡谷《きょうこく》です。大砲岩から、北の方へ十キロばかりいったところです」
「ふん、ヨーヨー峡谷か」
 辻中佐は、地図の上に、ヨーヨー峡谷の所在をさがして、その上に赤い三角旗のついたピンをつき刺《さ》した。
「救援隊に出発を命令せよ、二ヶ隊を送るのだ。急がなければならないぞ」
 辻中佐は命令した。
 命令|一下《いっか》、幕僚は直ちにマイクをもって、艇外に待機中の予備隊二ヶ隊を救援隊として出発させた。
 いよいよこれは大きな戦闘になるであろう。棲《す》むことにさえ慣れない月世界の上において、地球人間よりは、ずっとすぐれた頭脳の持主であるといわれる火星人と闘うのであるから、これは一大覚悟を要することだった。
 艇員の顔は、曇る。同胞が今危難に苦しんでいるのだと思うと、胸がしめつけられるようであった。
 どうなるであろうか、この戦闘は。
 月世界の上の大乱闘の末、もしアシビキ号の乗組員が一人のこらず火星人のためにたおされてしまい、その上に噴行艇さえ奪われてしまうようなことがあったら、これは一大事である。それは大宇宙遠征隊のために一大事であるばかりか、ひいては地球人類のために一大事であった。なぜならば、火星人は、地球人類を見くびって、それからさき、どんなことをむこうからしかけてくるかわかったものではない。
 だから、ここでわが地球人類は、どんなことがあっても、火星人に負けてはならないのであった。いま辻中佐の頭の中には、とっさに、あれやこれやと策略が渦《うず》まいている。どの作戦をとりあげたら、火星人をうちまかすことができるであろうか。
 もっと、火星人の様子が知りたい。火星人がどんな風に出てくるのか、それを知りたい。それが分らないかぎり、こっちからうつべきよい手が考えられない。
「おい無電員、何
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