ばらしい放射能をもっているのだ。放射能物質でむかしからよく知られているのはラジウムである。地球には、この外ウランとかトリウムとかアクチニウムなどの放射能物質がある。
 そういう物質からは、あのふしぎなアルファ、ベータ、ガンマの放射線が出てくる。この放射線が癌《がん》という病気をなおすことは、誰でも知っているが、このごろでは、人類のためもっと貴重なはたらきをしてくれることがわかった。それは今くわしくいっているひまはないが、人間が考えたこともなかったほどのすばらしい大きな動力をひねりだす種として、たいへん貴重なものであった。
 ところが、せっかくのその種も、大動力をひねり出す種の役目をさせるには、よほどたくさんあつめなければならない。しかもこの地球にはそういう物質はすくないから、一生けんめいにラジウムその他をあつめてみても、いくらもあつまらない。地球全体の放射物質を一個所にあつめてみても、大したことはない。せめてその百倍あれば、その新動力発生法は、小さいながらも成功するのであった。
 そこで世界中の学者たちは、この折角《せっかく》の新動力発生法も、人間の力ではできない相談であるとしてあきらめてしまったが、只ここにひとり日本の若い学者で、緑川博士《みどりかわはかせ》という人だけはあきらめなかった。博士は考えた。地球にある放射物質だけをあつめたのでは少くてだめであるが、思いきって地球以外の他の場所から持ってくる工夫をすればいいではないか。
 この考えは、すばらしい思いつきだった。科学者のすばらしい夢だった。なるほど、それはおもしろい考えである。
 博士は数年前から知られている超放射元素ムビウムに目をつけた。このムビウムは、一名きを変にする元素ともいわれる。それは各国の学者が、このムビウムを発見したハンガリーの天文学者ムービー氏のことを気が変だといい、そのために、そういうへんな名がついたのだった。
 ムービー氏の発見の話をするとおもしろいのだが、長くなるから、かんたんにいうが、ムービー氏は元来|素人《しろうと》天文学者であり、いつも星の光を研究していたが、ちょうど今から六年前、地球から十万光年の遠方にある名もしれない星を発見した。そのときこの星の光を分光写真にとってしらべてみると、この地球にはない元素があることがわかった。しかもこの新発見の元素は、計算をしてみるとラジウムの一万倍の放射能をもっているといって、世界中をおどろかした。そしてその元素をムビウムと名をつけたのだった。
 それを聞いた世界各国の天文学者は、あわてて自分の望遠鏡を、大空に向けた。なるほどムービー氏のいう星はあった。しかしその星の中には、ムビウムなどというすばらしい放射能の物質はいくらさがしてみてもなかった。世界中の天文学者は、ムービー氏のことを悪くいいはじめた。ムービー氏は、自分に対する非難を弁解して、いやたしかにムビウムはあったのである、自分の見たときには、まちがいなくあったのである。しかし今は、自分がその星を見てもムビウムは見あたらない。自分でもふしぎだと思う。だが、はじめに自分が見たときには、たしかにそのすばらしい超放射元素ムビウムがあった。けっして自分はうそつきではない――といった。
 これを聞いた或る国の天文学者は、ムービー氏の発見は、あれはあやしいものだ。氏がうそつきでなければ、氏は気が変であろう。われわれは今後、もうあのようなきを変にする元素のことを問題にしないであろうといって、大いにやっつけた。そしてほんとうにその後、誰もムービー氏のいうことを信じなくなり、気の毒にもムービー氏は、家出をしてしまって、今はどこにいるのか分らないのであった。


   緑川博士の計画


 ところが、わが緑川博士は、ふと思い出して、ムビウムのことを考えたのであった。なるほどムービー氏の発表があってのち、博士も自ら望遠鏡と分光器ととりくんで、ムビウムをさがしたが、ムビウムはうつらなかった。だからムビウムは、やはりうそだったと思った。
 だが後になって、博士はこう考えた。
 ひょっとすると、やはりムービー氏のいうのが本当ではないかしらん。ムービー氏がはじめ見たときには、たしかにムビウムがあり、次に見たときにはそれがなくなっていたというのはそのほんのわずかの間に、星の中に大異変が起り、ムビウムがこわれて、他の物質になってしまったのではないかと、そう思ったのである。そして、そう気短に、ものをあきらめてしまってはよろしくない。そういう大事なことはもっと念をいれて、しらべをつづけるのが科学者のつとめであると思った。
 そのようにして、博士は、ムービー氏の行方不明《ゆくえふめい》になったのちも、天文台にたてこもって研究をつづけているうちに、ついに思いがけない大発見をした。それはなんで
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