あったかというと、そのころ、天の川の端《はし》に近く、ほんのかすかな光を見せて一つの彗星がうごいているのを発見したのであった。これこそ後にムーア彗星と名づけられた新発見の彗星であった。ムーア彗星を発見したことも、わが緑川博士のお手柄であったが、それよりももっともっと大きなお手柄はこのムーア彗星には、例の超放射元素のムビウムが、非常にたくさんあって、しかも彗星の周囲へ、ムビウムをまきちらしているらしいことさえ分ったのである。
 これこそ、大発見中の大発見だ! ことにこの大発見が、緑川博士がかねて考えていた計画に非常にふかい関係がある。つまり、あのたくさんのムビウムをあつめることができれば、それにより、博士が前に研究してあった新動力発生法を、本当にやれるぞと思ったのである。
 なるほど、できそうである。ただし理屈《りくつ》の上だけでは……。だが実際にやるには、なかなかむずかしい。なぜかというと、はるかの天空を、飛行機の何万倍だか何十万倍だかのはやさで走っている彗星の中から、ムビウムを採ることは、とてもできそうではない。
 緑川博士は、それを思って、はじめはがっかりしたものである。宝ものが、目の前にとんでいるのに、ざんねんながら手がとどかないのと同じようだ。大宇宙の大きさにくらべて、人間の力のあまりにも小さいことよと、博士はがっかりしたのであった。
 博士が、がっかりしたまま、ムビウムのことを忘れてしまえば、それで何もかもおしまいであった。ところが、神のおたすけがあったというのでもあろうか、或る日緑川博士は、或る会合で、例の隻脚隻腕の猛将大竹中将の席のとなりに座ったのである。そのとき、ふとムビウムやムーア彗星のことについて口をすべらしたところ、これを耳にした中将は、
「うわーっ、そいつはおもしろい大事業だ。しかも国家的の大事業じゃないか。君、若いくせに、そんなにひかんすることはない。わしにも、すこしは考えがあるよ。どうだ、今夜これからわしの家へ来なさらんか。そして二人で、よく話をしてみようじゃないか」
 と、思いがけないことばであった。
 緑川博士は、大竹中将からこのはげましのことばをもらって、たいへんうれしかった。しかしいくら中将の考えでも、このことばかりはどうにもなるまいと思った。なにしろ、ここから何億キロメートルの何億倍というほどの、はるかの天空を走っているムーア彗星から、どうしてムビウムを採ることができようか。
 そこで緑川博士は、中将との相談にでかけていったが、あまりいい話が出るとは思っていなかった。
 ところが、大竹中将は、みごとに博士を、よろこびのために、その場におどりあがらせたのだった。その模様をいうと、
「そういう獲物《えもの》をにがすということはないよ」
 と、大竹中将は、大きな拳《こぶし》で卓子《テーブル》のうえをとんと叩いて、
「つまり、われわれに覚悟さえあればいいんだ、国家のために生命をなげだすという覚悟のことだ。わかるかね。よろしい。わしは同志をつのるよ。そして必要な人員をあつめる。そして噴行艇の大部隊をつくって大宇宙遠征をやろうではないか」
「え、どうして、そんなことが……。また、噴行艇でとびだして、なにをするのですか」
 と、そのときは緑川博士は、中将の考えがよくわからなかったので、といかえした。


   火星のニュース


「なにをするって、君、わかっているじゃないか。つまりムーア彗星のところまでとんでいって、その超放射元素ムビウムとやらを採ってくるのさ」
「それはだめです。ここから、ムーア彗星までは、たいへんな距離です」
「たいへんな遠方でもよろしい。生命のあるかぎり、いけるところまでいってみようじゃないか」
「はあ」
「なにかね、そのムーア彗星は、これからのち、もっと地球に近くならないのかね」
「え?」
 このとき、緑川博士は、すいぶん大きな声をだした。よほどおどろいたのである。博士の顔は、たちまち赤くなった。なぜ?
(ああ、そうだった。自分としたことが、なんという間ぬけだったろう!)
 博士は、われとわが頭を、拳でもって、ごつんと殴《なぐ》ったのであった。
「こら待て、いくら自分の頭だからといって、そうらんぼうに殴るとはいかん……」
「いや、大竹閣下。自分は、今閣下からいわれるまで実はたいへんなことを忘れていました」
「たいへんなことを忘れていた。それは何か。いってみなさい、それを」
「いや、外でもありません。そのムーア彗星が、やがてどのへんまで地球に近づくか、その計算をまだしてなかったのです」
「ふーん」
「そうだ。何ヶ月か何年か待てば、ムーア彗星は今よりもっと地球に近くなるかもしれない」
「そのとき、こっちから出かけていけばいいではないか」
「そうでした。閣下におっしゃられて、はじめて気
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