元気に、弾丸のようにとんでいって、艇長室の前へいって、直立不動の姿勢をとった。
噴行艇の中は、ずいぶん規律がきびしかった。作業中は身がるいときは、どんなときでも、駈《か》け足ときまっていた。ちょうど、帝国海軍の水兵さんと同じようであった。これはできるだけ敏捷《びんしょう》に身体をうごかす訓練のためと、もう一つは運動不足にならないためであった。すこしぐらい気持のわるい日でも、号令《ごうれい》をかけられて、艇内をあっちへこっちへ、二三度かけまわると、妙に元気をとりもどす。
艇長室の前には、一人の少年が立って、風間の来るのを待っていた。それは、木曾九万一《きそくまいち》という、またの名、クマちゃんでとおっている、身体の大きな腕ぷしのつよい少年であった。
風間三郎と、このクマちゃんこと、木曾九万一とは、大の仲よしであった。そこへかけてきた風間少年を見て、木曾は、にんまりと笑ったが、すぐまたもとのいかめしい顔になって、姿勢を正した。
その間に風間が、気をつけをして立った。
「艇長室|附《つき》の艇夫交替」
と、クマちゃんが叫んだ。
「艇長室附の艇夫交替」
と、風間三郎が、反復していった。
「艇長室に於《おい》て、辻艇長は睡眠中、コーヒー沸《わか》しは、もうすぐにぶくぶくやるだろう。ゴム風船地球儀は、目下|印度洋《インドよう》の附近を書いていられる。艇長九時になっても起きないときは、オルゴールを鳴らして起せ。その外、引きつぐべきこと、および異状なし。おわり」
やれやれ、妙な引きつぎ事項である。しかし艇長室の仕事は、まずこんなところである。風間三郎は、木曾九万一のいったとおりを、もう一度おさらえして喋《しゃべ》ってみる。
「あっ、いい忘れた。オルゴールの曲は『愛馬進軍歌』をやってくれってさ」
木曾のクマちゃん、地金を丸だしにして、あわてて、後につけた。
「分りました。交替艇夫、休息についてよろしい」
「え、えらそうなことを!」
木曾は、赤い舌をぺろんと出して、風間をからかった。そして、うやうやしく挙手の礼をかえして、廊下を向こうへいった。
こうして、風間三郎が、本日の第一直をうけもつこととなった。次の交替時間は十二時であった。だから今から四時間を、艇長室にいて、艇長の身のまわりの用を足《た》すのであった。
風間は、艇長室の扉の把手《とって》に手をかけたが、どうしたわけか、すぐ手を放した。そしてその手で、指を折りかぞえ出した。
「ええと、一つ、コーヒー沸しは、もうすこしで、ぶくぶく噴《ふ》き出すぞ。それから二つ、ええと、ゴム風船の地球儀は、印度洋の附近を書いていられるところだと。それから三つ、オルゴールは『愛馬進軍歌』なり。それからもう一つ何かあったようだが……」
もう一つの引きつぎ事項を、三郎は、胴《どう》わすれしてしまった。
「まあ、いいや」
で、三郎は、扉を押して中に入った。
中には、太陽光線と同じ色の電灯がついている。その電球は、天井一面のすり硝子《ガラス》の中に入っているので、下からは見えない。その代り、天井の上に、本物の太陽の光が、さんさんと照りかがやいているような気がする。とにかく、ここは艇長室だから、とくにいろいろ気をつけてあるのだった。
部屋の正面に、ジュラルミンの扉がはまっていた。その扉には、薄彫《うすぼ》りの彫刻がしてあって、神武天皇御東征の群像が彫りつけてあった。これは、今大宇宙を天《あま》がけりいく、われら日本民族の噴行艇群にうってつけの彫刻だった。
かたん、かたん、かたん。
コーヒー沸かしの蓋《ふた》が鳴っている。三郎は、おどろいて、その傍《かたわら》へいった。すこし沸きかたが早かったようである。
扉の向こうで、ぐうぐうと、うわばみみたいないびきが聞える。それは、艇長辻中佐の寝息にちがいなかった。中佐のいびきと来たら、これはだれも知らない者はない。
三郎は、コーヒー沸しの前に、椅子をもっていって、腰を下ろした。そして、手をのばして、地球儀になるゴム風船が、ぺちゃんこのまま、いくつも押しこんである箱を手にとって、その中をさがしはじめた。
すこぶるのんびりした朝の風景だった。
コーヒーと戦う
風間三郎は、箱の中から、ぺちゃんこになっているゴム風船の一つを引っぱりだした。
それは、半分が赤で、他の半分が紺《こん》で染めてあった。
三郎は、それを口にくわえて、ぶーっと息を入れはじめた。
ゴム風船は、すぐ大きくなった。鶏の卵大の大きさから、家鴨《あひる》の卵大の大きさとなり、それからぐんぐんふくらんで、駝鳥《だちょう》の卵大の大きさとなり、それからまだまだふくれて、さあ飛行機の卵大の大きさとなっていった。
飛行機の卵? て、そんなものがありますか。ああ、間違いま
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