した。飛行機の腹にぶらさがっている五十キロの爆弾のことをいおうと思ったのです。
とにかく、三郎のふくらませる風船は、三郎の顔よりも大きくなり、よく出来た西瓜《すいか》ぐらいの大きさとなった。
そこで三郎は、ゴム風船の口をきつく結んで、手のうえで、ぽーんとついてみた。まん丸い見事な風船は、ふわーっと上へとびあがって、天井についたが、こんどは上からおちてきた。
ぽーん、ぽーん、ぽーん。
風間三郎は、いい気になって、風船をついていた。大宇宙をとんでいることも何も、すっかりわすれてしまったようであった。
そのうちに、とつぜん奇妙なことが起った。ぽーんとつきあげた風船が、すーっと天井にのぼっていったが、そのまま天井に吸いついたようになって、いつまでも下へ落ちてきそうでない。
(これは、へんだな)
三郎の身体が、このとき、急にかるくなり、そしてかるい目まいがした。
その次の瞬間であった。
じりりん、じりりん、じりりん。
警報ベルが、けたたましく鳴りだした。
「重力装置に故障が起った。修理に、五分間を要す」
ベルが鳴りやむと、そのあとについて、高声器から当直の声がきこえた。
重力装置の故障なんだ!
前にも、ちょっと説明したが、宇宙へいくに従い、重力がなくなる。この噴行艇の中にいる乗組員たちは、重力がなくなると、勝手がちがって、働きにくくなる。それでは困るから、わざわざ器械をまわして、この艇内だけに特に重力を起してあるのである。その重力装置が、故障になったという知らせである。道理で、ゴム風船が、天井へ上ったきり、落ちてこないわけだ。
(だが、さあたいへんだ!)
三郎は、急にいそがしくなった。重力装置が故障になると、室内の物品が、それぞれひとり歩きをはじめる。そしてとんでもない勝手なところへいってしまうので、ゆだんがならない。
三郎は、椅子から下りて、身がまえた。身がまえたといっても、風呂《ふろ》の中で立ち泳ぎをしているときのように、おかしいほど、お尻がふわりと浮きあがる気持だった。 三郎は、両手で膝頭《ひざがしら》をつかんで、角力《すもう》をするときのように、しやがもうとしたが、膝頭が、いやに重いような感じだった。
こういうときには、なるべく身体のどこへも力を入れないのがいいと聞いていた。へんなところへ力を入れると、身体がとんでもない方向へゆらゆら走っていって、停《と》めようとしても停まらないそうである。
(早く、五分間たってくれますように。そして重力装置が、一刻も早くなおりますように!)
と、三郎が念じていると、ちょうどその目の前のコーヒー沸しから、妙なものが這《は》いだしてくるではないか。
「あっ、なんだろう、あれは……」
茶色の飴《あめ》ん棒《ぼう》みたいなものが、コーヒー沸しの口から、にゅーっと横にのびてくる。それは箸《はし》ぐらいの長さになり、それから更にのびて、先生の鞭《むち》ぐらいの大きさにのびた。
「おやおや、たいへんなことになったぞ。一体、あれは何だろうな」
そのうちに、その茶っぽい棒が、ふらふらしながら、室内をおどるように、うごきだした。しかも、ますます長くなっていく。
三郎は、すっかりきもをつぶしてしまったが、ようやくこのときになって、あれは重力をうしなったコーヒーが外へ流れだしたのだと気がついた。
つまり、コーヒー沸しの中では、圧力のつよい蒸気ができて、その圧力でもって、コーヒーの液を口から外へ押しだしたのである。それにはずみがついて、いつまでも、コーヒーは長い棒になって出てきてやまないのであった。
「さっき鳥原さんから、重力のなくなったときの味噌汁の話をきいておかなかったら、ぼくはコーヒーのお化けを見たと思ったにちがいない」
と、三郎は、ためいきをついた。彼のひたいには、ねっとりと、脂汗《あぶらあせ》がでていた。
艇長の安否《あんぴ》
重力装置故障中の五分間は、とても永かった。
三郎は、空中をのたうちまわるコーヒーにさわるまいと、部屋中をにげまわっていた。あのコーヒーの棒にさわれば、たちまち大火傷《おおやけど》をしてしまう。
コーヒーの棒は、まわりに白い湯気《ゆげ》をからませながら、いじわるく三郎をおいかけまわすのであった。
「ああ、早く重力装置が、なおらんかなあ!」
三郎は、あやつり人形のように、ふわりふわりと、身体をかわした。しかし、思わず力がはいりすぎて、いやというほど顔を壁にぶっつけたときは、目から火が出たように思った。
とつぜん、彼の耳に、あやしい響《ひびき》がはいった。
「あれは何?」と、考えてみるまでもなかった。それは、扉をへだてて、奥の寝台の上で寝ている辻艇長の例のいびきだった。
「ああ、艇長は、まだ、よくねむっていられる!」
ふだん
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