さあ、では君もつかれたろう。今、何かうまいものでも作らせるから――」
 辻中佐がいうと、火星人は、
「いや駄目です」
「駄目とはなんだ、折角親切にいって下さるのに」
 幕僚が、眼をむいた。
「いや、そういうわけではありません、われわれ火星人は物を食べる、ということを忘れてしまったのです」
「ナニ、何だって?」
「われわれ火星人も祖先の時代にはやはり物を食べたのです。しかし、物を食べるのは口で噛んだり、胃や腸を使ったりして、滋養分を血の中に吸収させ、その血が身体中を廻って持っている養分を身体に補給することでしょう。われわれにはもう胃や腸が退化して無くなってしまったといってもいいのです。われわれはもう充分によく消化されたような『食物』を口からではなく直接血管の中に注ぎ込んで生きているんです」
「ふーむ、すると病人が葡萄糖《ぶどうとう》の注射をするようなものだな」
 辻艇長がうなずいた。この話を、風間や木曾に聞かせたら、成程《なるほど》、といって、あの妙な缶詰と、それからそれを彼らが口ではなく、頭のあたりにのせて空にしていたわけを思い出したに違いない。
「だが、君たちは高等生物に似合わぬ恰好をしているね」
「いや、これは鎧《よろい》を着ているんです。私たちの身体は、火星の弱い引力のために、地球の人に比べたら非常に柔らかく出来ているので、こういう鎧を着ているわけです。
この羽根《はね》は一人一人の飛行機のように、飛ぶためのものですよ、簡単な、しかし強力な動力装置がこの羽根の下についているんです」
「ふーむ、しかし我々がこうしているんだから、君も鎧をぬいだらどうだね」
 幕僚がいうと、
「駄目です、駄目です、この司令室は地球と同じ気圧になっていますから、私がこの鎧をぬいだら一ぺんで参《まい》ってしまいます」
「あっ、そうか、では仕方ないな」
 そういっている所に、艇夫長の松下梅造がかけ足で帰って来ると、パッと挙手の礼をして、
「火星人部隊の協力によって、ただいま本艇の修理が完了いたしました」
「そうか、ご苦労」
「では、直ちに出発じゃ、火星へ向って出発! それから司令艇クロガネ号へ連絡をとって、アシビキ号は修理完了、ただちに本隊に追行することを報告しろ」
 噴行艇アシビキ号は、すぐ様、猛然と出発をした。非常に好調だった。離陸したばかりの月は、見る見るうちに小さくなって遠ざかって行った。
 そこへ、無電員が、受信紙を持って来た。
“第四斥候隊報告。わが隊は只今火星の中部地方に安着せり。指揮を待つ……”
「よし! 本艇は目下火星へ向って急行中だと伝えろ」
 噴行艇アシビキ号は猛進に猛進をつづけていた。火星技術員の機械技術は思ったより優秀だと見えて、なかなか好調だった。
「なかなか好調のようであります。実は、火星人などに機械をいじらせてどうかと心配しておりましたが」
 幕僚が、辻艇長にそっといった。
「いや、彼らもこの噴行艇をしっかり直さなければ、自分たちも火星へ帰れんわけじゃからな。しっかり直す筈じゃよ、はっはっは……」
 辻中佐は、はじめて愉快そうに笑った。


   大団円《だいだんえん》


 さて、アシビキ号は間もなく火星に安着すると、そこであのふしぎな皿のような火星の乗物に連れて来られていた第四斥候隊の隊長鳥原彦吉以下全員と、風間三郎、木曾九万一の両少年を収容し、月世界に取りのこされた火星人を降《おろ》した。風間、木曾二少年の喜びも大きかったけれど、荒れ果てた月世界に、も少しで取りのこされるところを無事に帰れた火星人たちの喜びも非常なものだった。
 全火星人も、このアシビキ号の好意を謝して、大変な歓迎をする様子だったけれど、先をいそいでいるアシビキ号は、あの月世界探険隊長の火星人と再会を約し、すぐさま、本隊を追って出発することになった。
「出発!」
 辻艇長の命令一下、噴行艇アシビキ号は、休む暇もなかった火星に別れをつげた。そして大宇宙の中を真一文字《まいちもんじ》に、本隊を追って猛進また猛進を続けつつあった。
 かくして大宇宙の中を突きすすむこと実に五ヶ年!
 目的のムーア彗星に到着する間際《まぎわ》になって、アシビキ号は、漸《ようや》く本隊と合体することが出来た。この五ヶ年という長い間、ただ一機で大宇宙を突破して本隊に追いついた、ということは、司令艇クロガネ号にある大竹中将の指揮と、アシビキ号の辻中佐との一糸《いっし》乱れぬぴったりと呼吸《いき》の合った賜物《たまもの》だった。
 それにしても、未だ人類の想像も及ばなかった大ムーア彗星へは?
 ムーア彗星の周囲は、まだ混沌《こんとん》漠々たる濃密な大気に閉ざされていた。すでに、勿論《もちろん》ここから見る太陽は、夜空にきらめく一点の星のようなものであったが、しかしこのムーア彗星
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