上では、すべて歩行がらくであった。ちょっと岩のわれ目をぴょんととび越《こ》えるにしても、足に大した力を加えなくても、四五メートルはらくにとびこえられる。これは月の重力が、地球のそれに比べて、わずか六分の一という、たいへん小さいものであるからであった。
 三郎と木曾とは、いつの間にか丘の上にのぼりついた。あたりのながめは急にひらけ、下界は明るく、空は黒く林も川もない荒涼たる月の世界のすさまじさが、一層二人の胸にひしひしとせまるのであった。
 二人はこのすさまじい風景にのまれたようになって、無言のまま、しばらくそこに立ちつくしていた。
 それからしばらくして、三郎は、思わずこえを出して、さけんだ。
「おや、あそこに誰かいるぞ」
 彼はおどろいて、木曾の腕をつかんだ。


   甲虫《かぶとむし》か鳥か


「クマちゃん、あそこに誰かいるよ」
「誰かがいるって、誰がさ」
 木曾は問いかえした。
「ほらあそこだ。この丘の下の、大砲みたいに先のとがった岩の下だよ。かげになってくらいから、はっきりわからないが、ほら、丸い頭がうごいているじゃないか」
「丸い頭が……」
「ほら、日なたへ出てきた、先頭の一人が……。おやッ」
 そこで三郎は、おどろきのこえをあげた。その拍子に、触角がはなれて、三郎のこえは木曾にきこえなくなった。木曾は、あわてて、触角を三郎の方へ近づけた。三郎のこえが、再びきこえだした。
「……あれは何者だろう。人間じゃない……」
「え、人間じゃないって」
 木曾はおどろいて、さっき三郎の指《ゆびさ》した方をみた。
「あ、あれは……」
 木曾は、その場にふるえあがった。
 怪物がいるのだ。
 大砲岩の下から、日なたへよじのぼってきた四つ五つばかりの影――それは後から見ると、ござをかぶった人間のような形に見えたが、正面を向いたところを見ると人間ではなかった。ちょうど、甲虫とペンギン鳥の合いの子をお化けにしたような異様な姿の生物であった。
「あれは何だろう」
「すごい化け物だ。月世界の生物だ」
「月世界には、生物はいないはずだが……」
「だって、あの怪物は、ちゃんとぼくたちの眼に見えているんだぜ。夢をみているわけじゃない。あれは鳥の化け物だろうか、それとも甲虫の化け物だろうか」
「どっちだか、わからない。おや、あの怪物は、手に缶詰をもっているじゃないか」
 三郎が、また重
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