がら、
「あはは。艇長が落ちたりして、どうするものか。ちゃんと棚《たな》の上に手をかけて、つかまっていたよ」
「でも、さっき大きい音がしましたねえ。艇長が落ちられたのにちがいないと思いました。すると、あの音は、何の音だったんでしょうか」
「ああ、あの音かい」
と、艇長は、下へおりて、ほこりの手をはらいながら、うしろをふりかえって、
「あの音は、そこに転《ころ》がっている鞄《かばん》だよ。棚から、すこしはみだしていたところへ、重力が加わったから、落ちたのさ。わしが落ちたら、あれくらいの音じゃすまないよ。わははは、まあとにかくわしも起きるとしよう」
艇長は、ゆうゆうと服を着かえだした。
「おい風間、お前は知らんだろうが、今日はこの噴行艇から、とてもめずらしいものが見えるぞ。宇宙旅行の、ほんとうの味は、今日はじめて出てくるといっていいのだ。おい、わしの話を聞いて、ちっとは悦《よろこ》べよ」
艇長は、けげんな顔の三郎をかるくからかった。
当直の報告
「艇長。そのめずらしいものとは、一たいどんなものですか。早くおしえてください。ぼく、早くききたくてしようがないなあ」
風間三郎は、すこし鼻にかかったこえで、艇長にねだった。
「はははは。それをききたいのか。まあ、今話をしてしまっちゃ、あとでおもしろくない。いずれ、そのうちに、みんなさわぎだすだろうから、まあ、それまでまっていたがよい」
艇長は、卓子《テーブル》の前へきて、椅子に腰をかけた。
「艇夫。それよりも、コーヒーだ」
「コーヒーは、今、やりなおしています。重力装置の故障のとき、すっかりこぼれてしまったんです」
「そうか。それはもったいないことをした」
「艇長。コーヒーがわくあいだに、話をしてくださってもいいでしょう」
「はははは。お前はなかなか、うまいことをいって、ききだそうとする。しかし、だめだよ。コーヒーがわくあいだに、わしは地球儀をかくことにしよう。たしか、印度洋《インドよう》のへんまで、かいたおぼえがある」
そういって艇長は、ゴム風船の入った箱を、卓子のうえへもってきて、片手に絵筆をにぎつた。それから艇長の手が、器用にうごきはじめる。
そうなっては、もうしかたがない。風間三郎は、コーヒー沸しの前へすわって、その口からゆらゆらとたちのぼる湯気をじっと見つめている。
室内がいやに、しずかに
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